かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

エッセイ

文房清玩(2) 万年筆

「pomera」を使って「万年筆」のことを書くというのは、どうもヘンな感じがする。 ワープロで文章を書くことの利点は、もちろんその推敲のしやすさにある。とにかく書き留めておきたいことを自動記述よろしく書き出して、それをゴリゴリと削って整える…

文房清玩(1) 序

筆こそ使えないけれど、文字というものとお友達である以上、文房具とは切っても切り離せない付き合いを続けている。 それに対して常軌を逸した拘りがあるわけではないと自分では思っているのだけれど、ふとした拍子に文房具屋を覗いては、ちょこちょこと何や…

子宝日記(23) 軟禁パパと難産ママ Ⅸ

今の呼び出しが途切れたのは、ちょっとした手違いだった可能性はないか。妻が苦しい息のもとで通話ボタンと着信拒否のボタンを間違えて押してしまった可能性はないか。 もしそうだとしたら、向こうの分娩室の一同は今一度電話がかかってくることを当たり前の…

子宝日記(22) 軟禁パパと難産ママ Ⅷ

元来私はスマートフォンを用いてテレビ電話なんてハイカラなことをしたことのない人間である。「LINE」のことは「メール」と言うし、「スマホ」もとい「携帯」で撮る写真のことは「写メ」などと呼称する部類の人間である。 事実、LINEでテレビ電話が…

子宝日記(21) 軟禁パパと難産ママ Ⅶ

近いなぁ、イヤだなぁ。と思いつつ話の要所だけかいつまんで聞いていると、この婦長らしきおばさん、どうして聞き捨てならないことを言う。 「今ね、ママはね、とっても頑張っているんだけど、ちょっと疲れちゃってるみたいなの。」急なため口への転調はよい…

子宝日記(20) 軟禁パパと難産ママ Ⅵ

母子の休養を慮ってか、私が押し込められた個室には白色煌々たる蛍光灯がない。あるのは洒落たバーみたいな間接照明と、ベットサイドの読書灯ばかりである。 分娩台に行く妻を見送って四、五時間。この照明ではそろそろ本を読むにも心許ない。かといって缶詰…

子宝日記(19) 軟禁パパと難産ママ Ⅴ

軟禁。それはゆるやかな監禁の謂いであろうか。身体的な拘禁状態を監禁と呼ぶのなら、軟禁とは何らかの制度制約によって一個の人間をその場に拘留することを指すのやも知れない。 「パパはこの部屋を出ないでください。」と言われると、たちまち出たくなるの…

子宝日記(18) 軟禁パパと難産ママ Ⅳ

グーを作って、そいつを妻の臀部にメリメリと圧し当てる。そうでもしないと、どうにも痛くてきばってしまうのだという。 そんな急場へぬるっと場面が展開したのは、昼を過ぎたあたり。それまでは痛みも散発的で、助産師のおばさんは「まだ有効な陣痛ではない…

子宝日記(17) 軟禁パパと難産ママ Ⅲ

さて、このマシーン。絶えず不穏な拍動を発しながら、秒送りで吐き出される用紙にダイアグラムみたいなチャートを刻印し続けている。第一印象は、カフカの「流刑地にて」に登場するマシーンであるが、これもまた縁起が悪い表現となってしまうので止そうと思…

定点観測(57) オレ、一番乗り

「センセー! こども、産まれたの?」と、遠くから子供が尋ねるから、「おうよ」と応えるあたりには、既にして興味が失せたものらしく「教室はまだ開かないのか」「そしたら何か手伝おうか」なんて一丁前なことを言う。 最初のうちはなかなか感心に働く。フ…

蝸牛随筆(22) 公園のストーン 後編

彼らがどこかへ走り去っていくのと入れ替わりに、別の少年が一人ストーンのところへ駆け寄ってきた。どうやらストーン遊びの一部始終を遠くから見ていたものらしい。 目を輝かせて、早速ストーンを抱えてみようとするけれど一向に持ち上がらない。さっきの彼…

蝸牛随筆(21) 公園のストーン 前編

公園の真ん中にストーンがひとつ。 「石ころ」と呼ぶにはあんまり大きくて、春の光を浴びはじめた芝生の只中にぽつねんと鎮座ましましている存在感たるや「ストーン」と呼ぶより他にない。 日が傾いて下校の鐘が鳴るころ、ストーンのまわりに子供達が集まっ…

子宝日記(16) 軟禁パパと難産ママ Ⅱ

お産の立ち会いに入るための検査を駐車場で受ける。ここまで来たら、すぐにでも妻の顔を確認してその無事を確認したいところであるけれど、それが出来ないのが今のご時世である。 心を落ち着けつつ軽トラの運転台で一五分、いつもの産院の駐車場で検査の結果…

子宝日記(15) 軟禁パパと難産ママ Ⅰ

私は「パパ」という名前ではないし、ましてやローマ教皇でもない。だのに、どうしてここの人々は初対面の私をして、さも昔からの知り合いであるかのように「パパ」と呼び、妻を「ママ」と呼称するのだろうか。 そんなどうでもいい違和感から、お産の立ち会い…

子宝日記(14) 魔の夜 Ⅲ

てっきり自分もまた中に入れるものだと思っていた。ところがどっこい、夜間入り口でスリッパを履きかけた私はまさかのゴー・ホームを宣告されて、二月の夜に立ち尽くす。 送ってきてもらった父は、ぶつけたワゴン車で去ったばかりであるし、最寄りのスターバ…

子宝日記(13) 魔の夜 Ⅱ

自分の父と母に、妻が破水した旨を伝えるや、やにわに事が大きくなった。 破水した妻を私の軽トラックで病院に連れて行くというのは、いくら何でも乱暴すぎるというので、父がワゴン車を出すことになる。腰に巻いていくためのバスタオルを母が用意して、私は…

子宝日記(12) 魔の夜 Ⅰ

その日は雨の音で目が覚めた。 あんまりしばらくぶりの雨だったので、最初私はそれが何の音であるのか分からなかった。樹々の眠り芽をそっとふるわせるかのように、薄曇りの空から降りてきた雨は、ようやくやってきた遅い春の先触れにも思われた。 雨の後に…

私と公文式(36) 妻、産休に入る。

思えば彼女は、腹に子供がいたのだっけ。 次から次へとやってくる子供たちと、あれやこれやの応酬を繰り広げていると、こちらも自分の持てる能力の限界にチャレンジして立ち回らねばなりません。子供の鉛筆の先や表情の機微、学習の進行具合や採点状況諸々に…

定点観測(56) 教室という地層

年二回のお彼岸が近くなってくると、真っ直ぐさしこんだ夕陽が教室のずっと奥まで、くまなく照らしだすようになります。 とりあえずカーテンを閉めろという話ですが、リンゴみたいに染められた子供達の顔は、どれも真剣そのもの。夕陽何するものぞの塩梅で、…

子宝日記(11) 玩具みたいな洗濯物

ようやく春めいた青空に、玩具みたいな洗濯物が翻る。はて、こんなものを着る人間があるのだろうか。一枚、そしてまた一枚、水通しした産着を不思議な気持ちで干していく。 しかしまぁ、よくもこんなに買ったものである。これを着る本人は、まだここに到着し…

蝸牛随筆(20) 私とブログ Ⅳ

○他者のまなざし 文章を「ブログ」という媒体に掲載する以上は、誰かに読んでもらって恥ずかしくないものを拵えなければならない。私にとってインターネット上というものは公共の空間であって、そこで全裸に近いようなあられもない言の葉を発表することは、…

蝸牛随筆(19) 私とブログ Ⅲ

○ポメラ登場 元来面倒くさがりであるくせに、「一日一本」の強迫に苛まれつつ原稿をあげ続けるにあたって、一々ノートパソコンにコードを差し込み電源を入れ、パスワードを打ち込み、ややしばらく待ってインターネットのタブを開いて自分のブログへ入って・・・…

弟子達に与うる記(22) 自分とは何か 後編

自主ゼミというものに誘われて入ったのは、二年生の春でした。恥ずかしながら、それまでごく限られた数名の友人としか付き合いをしなかった私の人間関係が、にわかに賑やかになってきたのはこの辺りからでありました。 教育学部と名の付くところに属しつつ、…

弟子達に与ふる記(21) 自分とは何か 前編

えらくベタで、自分だったらまずこんな見出しの話は読まない。そんな題を敢えて選んだのは、他でもない諸君に言っておきたいことがあるからなのです。 「自分とは何か」。私には未だによく分かりません。これが本題の答えであって、それ以上でも以下でもない…

蝸牛随筆(18) 私とブログ Ⅱ

○毎日一本 仕方が無いので、毎日パソコンを引っ張り出しては、一本一本と記事をあげるようになった。そうしている度に「おっ、やってるナ」という感じで妻がそんな私を褒める。これでは自主的に宿題をやっている子供を、母親が褒める構図と何ら変わるところ…

蝸牛随筆(17) 私とブログ Ⅰ

○処女航海 そろそろ一年になる。私にとって、こうしたことの始まりは、きまって誰かに尻を圧される形になるわけであるが、ドンと圧されて転びだした拍子に止まり時が分からなくなって、結局の所今度は誰かに停止命令を出されるまで転がり続けるものであるら…

子宝日記(10) 彼は見ている

つい先日、こんなことを耳にした。 赤ん坊というものは案外耳が発達していて、外界の音をよく聞いているというのは以前から知っていたのだが、視覚もまたある程度あって、腹の中でぼやぼやとしたものを見ているというのである。 なるほど生まれたばかりの赤…

私と公文式(35) お直し

江戸の昔に「お直しだよ」と言ったら、それは「チェンジ」の謂いであったけれど、当代の公文でそう声がかかれば、子供達が採点する先生のところへ日参いたします。 あんまり何度も、のべつ通うようでは「あの若旦那、相当のぼせているようだから、ちょっと行…

定点観測(55) 先生、火事ですか?

消防車がやってきた。消防車から消防隊員が降りてきて「こんにちわー。」、なんと教室の中まで入ってきた。 日頃からお客さんには慣れっこになっている彼らであるが、今回ばかりは中々どうして刺激が強いのではないかしらん。 まず反応を示したのが、後列の…

盆人漫録(28) 同好会と多様性

そしてこれはこぼれ話。 佐々木さんに例のレジュメをいただいた席上、嬉しくって早速紙面に目を走らせていたところ、佐々木さんが小走りで駆け寄って来られる。 「宮川さん、それはどうか家で読んでくださいよぉ」と謙遜しておられるから、いやいやこれは本…