かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

軍隊学校之記

軍隊学校之記(21) これは部活ですか?

今週のお題「わたし○○部でした」 私、「進学研究会」でした。通称「進研」。え? そんなこと聞いてない? いいでしょうが、私だって部活の話がしてみたいのです。 所属している生徒数は、進学コースに在籍する生徒数とイコールであり、主な活動は「主要五科…

軍隊学校之記(20) 加奈陀旅行記Ⅳ

お前、ホントに外国行ってきたのか? というのは、懐かしい「寅さんのおいちゃん」の台詞。 ええ、行ってきましたとも。何ならアメリカだって遠くから見てきた次第で。 流石はイギリス植民地、女王陛下の名を冠した州都ヴィクトリアより鉛色した海をのぞめば…

軍隊学校之記(19) 加奈陀旅行記Ⅲ

甘いチャーハン、ブロークンなイングリッシュに打ちのめされ、「曖昧な日本の私」すら封じられた私は、スチームが蒸してきたベッドルームで貪るように新潮文庫を読んでいました。 そこは普通「郷に入っては何とやら」だろう?と思われる方もあるかも知れませ…

軍隊学校之記(18) 加奈陀旅行記Ⅱ

英語が通じない。 もちろん全然単語が出てこないというわけではありません。寧ろ単語なら通じるのに、私が必死こいて捻りだした構文が一向に通じないのです。 日々の暗誦で(無理矢理)培われた例文を、ジャンク屋のごとくあれこれ取っ替え引っ替え組み合わせ…

軍隊学校之記(17) 加奈陀旅行記Ⅰ

スチームに蒸されて暑いのか寒いのか判然としない寝室の分厚い窓には、厳かな冬の夜が来ている。時差ボケに悩みつつ輾転反側しているうちに、夜も大分更けたらしいけれど、隣の部屋からは、先ほど地元のパーティーから帰宅したらしいカナディアン・カップル…

軍隊学校之記(16) 恩師とは何か

「○○先生、そして○○先生には、数え切れないほどの・・・」というのが、小金をもった有閑老人の自伝における決まり文句であります。 だってその歳になって自著に感謝の意を伝えても、そうした素晴らしい先達は既にして鬼籍に入っておられるわけであり、第三者の…

軍隊学校之記(15) 競争はつらいよ

特大の模造紙を貼り合わせた二メートルに及ぶ順位表がデカデカと掲示されると、人々が暗い廊下にひしめき合って自分の模試の順位をさがします。 私はこれが実にキライでありましたので、出来ることならば見たくもない。校内順位なぞ模試の個人成績表に記載さ…

軍隊学校之記(14) 迷子な青春

教室で喫茶の習慣をはじめたのは、受験も近くなった三年生の頃でしたでしょうか。 勉強道具より他にさしたる用具もないので、そのまま打ち遣られていたロッカーに、お湯の入った水筒と粉末タイプのミルクティーを持ち込んだのがはじまりでありました。 それ…

軍隊学校之記(13) 再び収容所にて

こう暑くなってくると、どこかの山へでも逃げたくなります。でも岩手山だけは、カンベン願いたく。 と申しますのも、夏と言えば進学コース恒例の「勉強合宿in岩手山」の季節であり、あれから十数年あまりが経過しているというのに、いまなお私は「なんてこっ…

軍隊学校之記(12) 四月のゴミ箱

新年度がはじまった教室は、二三人の顔ぶれが変わったばかりで、およそこれといった新鮮味がありません。 しかし、教室のゴミ箱はいつになく満杯であふれかえっている。入ってきた担任が、それを見て愕然とする。 「なんで教科書捨てたの?」と尋ねるから、…

軍隊学校之記(11) さらば、友よ

喩うるならばお相撲の番付。わが軍隊学校は、まさに番付社会でありました。 成績によって、上中下と三つにクラスが分かれていて、クラスのレベルによって授業の内容も全く違いました。 また、それぞれ抱えている小テストや課題も異なるため、休み時間に別な…

軍隊学校之記(10) バンキシャ!

ちょいと前に騒がれた、進学校の未履修問題。思いっきりワリを食った私たちの代は、時数にして700コマを超える未履修で、全国トップに躍り出て…

軍隊学校之記(9) 軍隊学校VS.防衛大

私、防衛大学校を受験したことがあるのです。 と言うと知人たちには「え? マジすか?」という反応をされます。彼らから霞を食って生きていると称される私なれば、それはまぁ当たり前なのですが、もそっと正確に述べるならば、私は防衛大学校を団体受験した…

軍隊学校之記(8) 寝る子は育つ

過去のある一瞬に数秒間だけ戻れるようなミラクルがあったら、みなさんはかつての自分に何と語りかけるでしょうか? それが大学時代だったら、私は酔っ払って教育実習の大事な日誌を紛失する前の私に「自転車で帰るのは止せ!」と言うでしょう。では、それが…

軍隊学校之記(7) イモとガリバー

そういえばうちの学校にはもうひとつ軍隊が常駐していました。向こうはこっちを「イモ」とか「ガリ勉」と呼び、こっちは向こうを「女ガリバー」とか「アッコさん」と揶揄する間柄でした。彼女たちは新しくて立派な方の体育館を根城にしていて、朝昼晩にわた…

軍隊学校之記(6) 収容所にて

いまだ盆も明けたばかりというのに、そこにはコスモスが咲いていて、朝な夕なにはその高原に涼やかな風が吹きおりた。ここへきて幾日目になるだろうか。雄々と聳える岩手山が照りかえしてくる健康的な朝日は、収容された人々の目にはまばゆ過ぎた。われわれ…

軍隊学校之記(5) ハロー・文学

高校を卒業してしばらくは、鳴子の温泉へつかりに行くのになぜかしらん、心がうきうきしてこなくて困りました。国道47号。この道をあの鉢巻して五十キロに及ぶ行軍訓練をしたのです。目的は精神鍛錬。あまりの苦しさから江合にかかる橋の欄干に取りすがり…

軍隊学校之記(4) 目指せ! 大学!

部活動? ええ、もちろん入っていましたとも。私もクラスの皆も、進学コースの全生徒が入学と同時に「進学研究会」という、たいへんミリョクテキな部に所属していました。はぁ、それは文化部かと? まあ体より頭を酷使する点では文化部ですが、早い話が八時…

軍隊学校之記(3) テスト・モシ・テスト

もとより覚悟のうえ、元々うちのじいさまがコースの設立に携わったこともあり、幼い頃から「あんだは進学コースさ」と育てられてきたわけで、ほかの選択肢をあまり考えることもありませんでした。(なんてキョウイクだろうか!?)強いていえば、私立高校ゆえ…

軍隊学校之記(2) 嗚呼、軍隊学校!

私が出たのは宮城県は古川駅前の軍隊学校、いや失敬、古川商業じゃなくて私立古川学園の進学コースというところです。古川学園といえば女子バレーでご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、「進学コース」というのはまさに影の名物。この辺の人々には、ち…

軍隊学校之記(1) 序

それなりな小金と、それなりなステータスを持っている人々が、ある日突然筆を執ってわざわざ自費出版する「自伝」だとか「わが成功の秘訣」なんてものに、たいてい面白いものはありません。ブックオフの投げ売りコーナーに二束三文で売られる背表紙を見るだ…