「名人、二回目の考慮時間に入りました。」
悠然と退出していくそのカンロクは、まさにこんな場面の将棋指しを思わせる。
タイミングは決まっている。教室での勉強をはじめる前、一教科をきっちり解き終えたら、あるいは予想外の苦戦を強いられていよいよ煮詰まったら、人々はトイレに出かける。
もちろん、それなりの用は足しに行くのだろうが、私はそればかりぢゃないとみている。
「先生、トイレへ行っていいですか?」と許可を取る子もあるが、「トイレに、行って来ます。」と宣言してゆく子もある。どうでもよい話ではあるけれど、私は後者の方が何だか健さんっぽいシブさがあって好きである。
精神統一なんて言うと大げさだが、それは彼にとっての学習リズムの取り方であり、彼女にとってのクールダウンでもあるのだ。今日もまた、無事にいつものルーティーンが営まれているということは、まことに慶賀すべきことではないか。
時に名人のごとく、混戦の余波を引きずって、時には花道をさがる力士のごとく、熱戦の余韻を残して。その背中はまだ小さくはあるが、いやに頼もしくて、マスクの下で人知れずニヤリとしてしまう自分がいる。