かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

定点観測(11) Kちゃんのグローブ

 指の独立は、ピアノをやる人間にとって欠くべからざる要件であるが、かつて飼い犬に指の肉を千切られてからはどうも演奏上の不便が多くなった。されどピアノをやるにしろ、やらないにしろ、人間どこかの時点で、利き手でないほうの指を器用に使うことを覚えなければならない。
 ソレ、あすこのKちゃんをご覧あれ。いまモーレツな勢いで十枚組の音読プリントを読み上げているわけであるが、左手に注目していただきたい。プリントの端に指を据えて、直ぐと次の頁をめくる準備に余念がない。われわれオトナの指というと、どうにもパサパサしていて、つるつると採点せねばならないプリントを床に逃がしてばかりいるけれど、Kちゃんのそれは程よい湿気、いや潤いをたたえて、五本の指それぞれが次、またその次のプリントをかませてスタンバっているではないか。
 その様を私と妻は賛嘆のまなざしを以て見守る。なにせ一年前のKちゃんは、その左手にプリントをもみくちゃにしながら「ちょっと、これ、めくれないんだけど!」とぷんぷんしておったのだから。グローブみたいにしか使いこなせなかった左手が、独立した指たちを器用に使役している。私は医者ではないけれど、Kちゃんの脳みそは確実に、いや激烈に発達したのだと、声を大にして言いたいのである。