かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

私と公文式(13) シャッキン王と私

 小さい頃よくテレビで取り立て屋が「借金返せヤ!」なんてドラマをやっていました。だから借金とは、いかにしたら返せるものか親に尋ねたところ、とにかく一生懸命仕事して返さなくてはならないし、そもそも返せない借金をしてはならぬ、と教えられたものでした。
 かくいう私も大学を出たら六年分の奨学金の返済があって、現在せっせと感謝の念を込めつつお返ししているところでありますが、そういえばあの頃は、それとまた別の「シャッキン」に恐れ戦いたりしていたことを思い出しました。
 「サトシ(仮称)! あんだ、こんなにシャッキン溜めで! いづンなったら片付くの?」と今日も先生にどやされるサトシ君の手には、横綱の懸賞金みたいに分厚い「シャッキン」の束が手渡されます。この「シャッキン」というのは、公文経験者なら誰しもご存じの「お直し」、つまりは解いたけれどバツが付いたプリントの隠語(?)で、基本的にはこれがマルになるまで帰れません。
 しかし、サトシ君はいつも早く帰りたい一心で、プリントを解いたらそいつを提出してトンズラしてしまうので、必然的に「シャッキン」は増える一方なのでした。だから堪りかねた先生が、今日こそは全部ヘンサイさせるぞ、の意気込みでプリントの束を手渡した後は、教室のどん詰まりの逃走が困難な場所に着席させて目を光らせている。その一部始終を目の当たりにさせられる度、私は「サトシ、やべェ」「シャッキン、こえェ」の感を新たにしていたわけで。
 それでも教材が進んでくると、計算は複雑になってくるし、どうやっても埋められないから謎の工夫で埋める国語のマスも増えてくるもので、とうとう私にも「今日の教室でやる分は、宿題のお直しにするからね。」の宣告が来てしまい、たいへんなショックを隠せなかったことを覚えています。そんな時に颯爽と私の隣に座ったのが、かのシャッキン王サトシ。彼は私の倍くらい分厚いシャッキンの束を、ふうん、という感じでめくってニヤリと私に笑いかける。
 「まあ、解いたフリしてさ、直したやつの間に二三枚ずつそのまんま挟めると、たまに丸ついて戻ってくるヨ。」んな訳はないのですが、この時ほど年長の彼が頼もしく思えたことはありませんでした。
 リセット方式で全部消してしまうスタイルから、間違った箇所だけ訂正するスタイルへ移行したことで「シャッキン」とおさらば出来たのは、よっぽど後になってからのことでしたが、今でも教室で、あのお直しの束を呆然と見つめる子供を見ると、同じ経験をしてきた者として同情を隠せないのです。

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