ここに一つの真理がある。
傷のない壁はいつまでも美しいが、ほんの少しの瑕疵がこの壁をたちまちダメにする。
ある日、教室のトイレのクロスに指の痕がついた。はじめは誰かが誤って付けた引っ掻き痕だと思っていたのが、だんだん横へ延びてきた。日を追うごとにそれは延伸をつづけ、やがて判読可能な文字が現れて、単語にまでなった。
「うんこ けつ」だそうである。トイレに、である。文字を使い始めた原始の人々じゃないのだから、もう少しマシな気の利いた文句はなかったのか。これではあまりにも、アンポンタンが丸出しではないか。ウチの教室に何てことをするのだ、という怒りよりも先に、アホだなぁ、というのが先に来てついつい吹き出してしまう。
それでも、既にしてこの虫食いみたいな壁ムキ文字の下には、改行されて新たな「う」の字が刻まれようとしている。どうやら下手人は再び例のものを、何の考えもなしに今一度書き取ろうとしているらしい。そんなものを二行も並べて書かれたら、このトイレはアホの殿堂と化してしまう。
仕方がないので検挙に乗り出す。場所が場所だけに捜査は難航した。ひとり入って出る毎に、教室スタッフがその使用後のトイレをチェックする地道な草の根捜査である。主にチェックするのは床に落ちているクロス片、そして例の文字の進行具合なのだが、思いがけないことに捜査線上には複数のヨウギシャが浮上した。
これはいよいよ分からぬと、一時捜査は迷宮入りの様相を呈したが、そんな時ひょっこりひとりの壁ムキ少年がヨウギを認めたのである。トイレを出るときに所持していたクロス片が動かぬ証拠となったのは言うまでもない。
もう斯様なことをするでないぞ、と言って聞かせて放免。これにて一件落着と胸をなで下ろしたのも束の間、終業も近づいた頃に何気なくトイレに入ったら、先の検挙時よりも大量のクロス片が散乱していて「うんこ おしっこ」の文字が完成をみていたのである。
ハンニンは一人ではなかったのだ。こうなると二人、いやもしかするとそれ以上の複数犯でありながら、互いの顔も知らず、ただトイレの壁をムクという意志を受け継いで、文字を少しずつ完成させていったと考えるのが妥当であろう。
さはれそんな共同制作は全く以てカンベンしてほしいし、壁ムキ片を便器に流す悪知恵は、せめて諸君の眼前にあるプリントを、ホームズないしは右京さんみたいにブリリアントに解答してみせる方に流用してほしいと願うのは私だけだろうか。
捕物帳シリーズ第一作はこちら。
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