かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

定点観測(19) Kちゃんのおでかけ

 二時半に教室を開けて間もなくやってくる、幼児の団体様ご一行を帰すと、つかの間の静寂が訪れる。換気のために窓を開け放って、うららかな午後の表通りを眺めていると、さっき帰したはずのKちゃんとそのお母さんが、路上に停車したワゴン車のところで何やら揉めているのが目にとまった。

 スライド式のドアーが開いており、Kちゃんはそこへずんずこ乗り込もうとしているのだが、それをお母さんが必死で阻止しようとしているのである。可愛らしい靴を履いた足を後部座席の上がり口にかけたまま、Kちゃんは抵抗を試みているらしいが、おそらくこれが彼女のお家の車ではないことは確かなようである。では何故Kちゃんは人ん家の車に乗り込もうとしているのか。それに乗って一体どこへお出かけしようとしているのか。

 よく見るとワゴン車の助手席には、同じ時間に教室で勉強していた少年が座っており、運転台にはそのご母堂の姿も確認された。息子をピックアップして、さて出発しようかしらという時に、Kちゃんが後部座席のドアーを叩くか呼ばわるかしたので、仕方なく開けたのだろうが、乗っている二人の瓜二つな顔は「え? マジで?」という顔である。

 折しも学校帰りの小学生軍団が到来しはじめたこともあって、私も妻もあえてノータッチの姿勢を取らざるを得なかったのであるが、おそらく事の次第は次の通りであろう。

 同じタイミングで各自の学習を終えた二人が、窓に面した席に並んでお迎えを待っている。かつてはまともな会話すら成り立たなかった二人が、今日の勉強の達成感も手伝って揚々と会話を弾ませていると、まさにその弾みで少年が「おうちで一緒にあそびたいね。」なんてことを言ったのだろう。同窓の誘いが殊の外うれしかったKちゃんは、早速遊びに行くモードに切り替わった。わくわくしながら人ん家のお迎えを待って、当たり前のように乗車したものだから、お母さんもさぞかし周章てたし、赤面したことだろう。

 かくしてKちゃんのお出かけは未遂に終わったが、あの片足上げた背中にほの見えた確固たる意志は、ちょっぴり危なっかしくもあり、ちょっぴり頼もしくもあった。

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