かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

軍隊学校之記(9) 軍隊学校VS.防衛大

 私、防衛大学校を受験したことがあるのです。

 と言うと知人たちには「え? マジすか?」という反応をされます。彼らから霞を食って生きていると称される私なれば、それはまぁ当たり前なのですが、もそっと正確に述べるならば、私は防衛大学校を団体受験したのです。

 今もそんな事をやっているかは知れませんが、かつてわが軍隊学校は上位クラス全員で防衛大を受験する、という風習があったのです。もちろんこれは軍隊っぽいから、とか何らかの思想上の理由からではなく、それはあくまで模試の一環のようなものであり、受験前の試金石みたいなものとして位置づけられていたのです。

 防衛大の一次選考(筆記試験)がパスできれば、これこれのレベルの大学が安全圏という事が判る。しかも防衛大は受験料がタダである、という理由から学校のバスで団体受験しに来るバチ当たりな集団は、全国捜してもそうそう居らぬことでしょう。

 同じ地方会場に居合わせた受験生が、詰め襟姿の私たちを「なんだコイツら」とガン見していたのを生々しく覚えています。そんな姿の集団がぞろぞろ自衛隊の施設に入っていく光景なぞ、ぱっと見、三島由紀夫の「盾の会」より外の何ものでもありませんから(笑)

 無事、一次選考通過の通知が届くと、もちろん二次選考にも赴かねばならぬのが礼儀というもの。中には二次試験をすっぽかしたことが露見して、菓子折持参で謝罪に行った不逞の輩もありましたが、最寄りの駅から自衛隊の方々に丁重に送迎してもらって駐屯地へ輸送された次第で。

 試験内容は小論文、面接そして適性(身体)検査というものがありました。小論文はお茶の子さいさいで片付けたものでしたが、後の二つがどうにも鬼門でありました。

 せっかく防衛大に入るチャンスがあるのなら、愛読書『孫子』をはじめとする古今東西の兵書についての研究がしたい、とかなり本気で考えていた私は、面接の席上にもれなく自らの思うところを述べたわけなのですが、面接官のお二人はどういうわけかキョトンとしている。

 寧ろこちらはそんな反応をされるなんて思ってもみないから、さらに熱く兵書研究の必要性を述べたところ「あのー、君ねぇ、国防に携わるって、わかってるよね?」と実に失礼な返答をされ「ええ、もちろん、そのために研究する意義があるのです。」と切り返したわけですが、私が言ったことがそんなにヘンだったのか、いまだに分からないのです。

 そんなこんなで、私の防衛大受験は終わり、二次選考を受けに行った同級生の中で私だけが不合格でした。

 面接後の適性検査にいたっては、それこそ恥を晒しに言ったようなもので、体格も色々足りなければ、かつて患った肺炎の影響から肺活量も基準値に満たない。結果は分かりきっていたけれど、不合格のお知らせは如何な大学であっても、やっぱりイヤなものでありました。