今日もうさ子が逃走を目論んでいる。
スキあらば幼児席を飛び出して、大人の尻と尻のあいだをかい潜って、自由への逃走がはじまる。
まぁ、彼女にとっては教室へ来ることも、座ってお勉強することも遊びの延長なのだから仕方がない。最近は心なしか目鼻立ちもくっきりしてきて、例のつぶらな瞳にもなおさら確たる意志が感じられるようになった。
そんな確たる意志のもと、あんまりうさ子が逃走を繰り返すので、この小さなスティーブ・マックイーンを幼児席に釘付けにするために、妻がその出入り口を塞ぐ塩梅で陣取る。早くも異変を察知したうさ子は、いぶかしげな表情で「ちぇんちぇいは、こっちー」と妻の座席変更を申し出るのだが、もちろんそんなことは承知しない。
たまりかねたうさ子は、妻が読んで聞かせる音読もそっちのけ、あっちこっちきょろきょろ見回しながら、逃走経路を練っている。流石にこれは無理だろう、と私もうさ子がいよいよ観念するさまを見む、と注目していたところ、何と彼女がとんでもない実力行使に出たのである。
がちゃーん、と筆箱が落っこちる音が響いた。何事か、と音のした方を振り向けば、うさ子が幼児机の上に腹ばいになっている。何があった、という感じであるけれど、素敵にダイナミックである。
すると、うさ子は器用なことにそのまま机上をローリングして、よっこらしょ、っと最後の障壁を乗り越えようとしているではないか。
なるほどそう来たか「アッパレ!」ではなくて、妻は「喝!」とばかりに転がるうさ子を取り押さえて、何事もなかったかのように座席へ戻す。流石は首都圏の小学校で五、六年と揉まれただけはある。戻された脱走王は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、妻の読む「ウシガアルク」を聞いている。