かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

定点観測(27) あいわなアポウ

 彼はとても真面目な男である。

 中学に入っても毎日コンスタントに宿題をこなし、教室ではきちんと分からない箇所を質問し、その気づきを言語化して、そして納得して帰って行く。

 そうした努力の甲斐があって、彼の数学は学年をこえて順調に進んでいるわけなのであるが、そんな彼にも思わぬ弱点があったのだ。

 「英語が、とにかく読めなくて・・・」と言うから、この機会にちょいとお試しで英語をやってみることになった。

 ピッとバーコードをタッチして、機材から流れる英語を聞き、実際に発音する。年頃の男子になってくると、なかなかどうしてこれが小っ恥ずかしくなるのが常なのだが、彼はいたって真面目。

 教材の指示通り、お手本のような学習を終え、最後に音読を確認してもらう段になる。

 プリントの最終ページには「三回読んでから、音読を聞いてもらいましょう」の下に、目標タイムが示されたバーがある。三回の音読がそれぞれ滞りなく、適正なタイム内に収まった時点で、私が音読を最終的にチェックする段取りである。

 したところを、一体どういう風の吹き回しか、彼がストップウォッチ片手に猛烈な勢いで音読練習を始めたではないか。

 ここまでの穏やかな英語の学習風景はどこへやら、「えっ? そんなに制限タイムって、シビアだったっけ?」と私は手許の仕事を片付けながら、ひたすらにどぎまぎして聞いている。

 すると最初は、「I want a・・・」と発音していたのが、あまりの速度に「あいわな、アイワナ」と教えてもないのに、洋楽の歌詞みたいな省略が入っているではないか。

 しかし「アイワナあぽう、アイワナぱいん・・・アイワナけいく!」と読み切っても彼の顔は晴れやかではない。首をかしげているので、流石に声をかけると「どうもタイム内に入らないんです」と希有なことを言う。

 あれほど高速で読んだにも拘わらず、入らないということはないし、むしろ早すぎるからやり直しにもなりかねないのに、どうしたことか。

 「二周目くらいまでなら、タイム内に入るんですけど」「ん?」「三周目を読み切るとぎりぎり制限タイムを超えちゃって・・・」「そりゃあ、アレだ。」「えっ? ぼく、なんか違いましたか?」「うん、まあ、ソレよ。ルールが、違うんだナ。」