かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

私と公文式(18) マスクの子供達と

 出会ってこの方、マスクの顔しか知らない子達もあります。

 なにせ「ほなみ教室」を妻と一緒に引き継いで以来、この教室の歩みはコロナと共にあったわけなのですから。

 近頃はずいぶん、目元の様子からその日の調子であるとか、微笑をたたえているとか、今日はちょいとヤバい日であるとか・・・そんな情報を読み取るスキルが身についたような気がしています。

 前にも書いたことではありますが、指導する立場の人間にとって子供の表情は、その理解度や調子を推し量るうえでの貴重な指標なのです。

 三年前の四月に教室をリニューアルした際は、けっこう警戒されていたように思います。まあ、考えてもみれば、それも無理もない話で。

 私もかつては、自分の通う教室と公文の先生に愛着を持っていたものです。いくら母が教室をはじめると言っても、元の教室を離れることにはひとかたならない未練がありました。

 そこへ来て彼らは、教室は同じといえども、先生とスタッフの総入れ替えに直面し、やって来た人間は見ず知らずのマスクの大人。私が子供だったら、けっこうキツいと感じることでしょう。

 「何をされるのかしら」「キビシイ人だったらどうしましょう」的な視線をバチバチに感じつつも、こちらは多勢に無勢。採点前ボックスに提出されるプリントを、猛烈に捌きながら、指導しながら・・・オトナがこんな鬼気迫る感じでは、なかなか馴染むのも大変だったでしょうが、よくぞここまで付いて来てくれたものです。

 マスクさえなければ、もうちょっと早くうちとけられたのかしら、とも思うけれど「おっ、いま微笑をたたえているな」とか「今日は少し表情が暗いぞ」とか、近頃は肌身に感じてわかることが増えてきました。それは三年という月日を通して培った、マスクの子供達との紐帯なのだと思いたい今日この頃です。

 もうしばらく、マスクの子供達とのお付き合いは続きそうですが、互いの表情をイメージしながら、肌理の細かい交流を続けていきたいと思います。