かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

盆人漫録(2) 俺を置いて先に行け! 

 あの時分はまだ、今より同好会がもうちょっと賑やかでありました。

 そうそう、コロナの始まる前には皆で社会福祉協議会のバスをチャーターして、お隣の山形へ研修旅行に出かけたものでした。ちょうどお薬師さまの植木市が開かれている時期で、市内の大通りに数多の露店が出て、植木や盆栽が所狭しと並ぶ、まさに愛好家の楽園。

 馬見ヶ崎の土手にバスを駐めて、そこからお目当ての盆栽売り場までぶらぶらと歩いて行くわけですが、様々に目移りしつつ、「イイな」という店にツバを付けつつ、まさに餓狼の如く目を光らせながら・・・。

 私が一緒に歩いていたのは、そうしたイベントが大好物だった沼倉さん。行きのバスでは、突然私に医者の診察券を見せてきて「俺はこういう感じだから、何かあったら、頼む。」なんて、不穏なことを言う。

 「っていうか、どんだけ決死の覚悟でお祭りに行くんだヨ」とツッコミたくもなったけれど、私だって愛好家の端くれ、この祭りのどこかに自分を待ってる樹があると思えばこそ、少々ムリを押してでも行きたい気持ちはよく分かる。だから二つ返事で承諾して、共に戦いに臨んだわけなのでした。
 
 途中までは足取りも軽く、イイ感じで祭りの雰囲気をエンジョイしつつ来たのですが、大通りを横切り、あと少しで目的地というところで沼倉さんの前進が止まる。さっきまでのテンションはどこへやらの風情で、がっくりしな垂れてしまったのです。

 これはさすがにヤバイのじゃないか、と私も心配になって声をかけると、苦しい息のもとで
 「俺を置いて先に行け!」
というまさかの台詞。

 私はこんなドンパチ映画でお馴染みの台詞を、山形市の中心部で聞くとは思ってもおらず、いろんな意味で当惑のただなかに投げ込まれたのですが、ふと見ると直き数メートルのところに贔屓の露店の看板が上がっているではありませんか。

 「沼倉さん、だってもうそこだよ。」と声をかけたら、「おっ、そうか」なんてスタスタ歩き出したものだから、これまたびっくり。「なんだよ!」感が半端でなかったけれど、何事もなくて何より。

 帰りのバスは、皆が爆買いしたサツキの大鉢に座席を占領されて、人間が補助椅子に座って帰るというのが恒例のオチ。

 盆栽というものの魔力がバスをチャーターさせ、人間をかくもギラギラさせて、バスの座席を乗っ取り、果てはあんな面白い台詞を喋らせる。

 いやはや来年こそは、また生きる活力をもらいに、植木市へお邪魔させてもらいたいものです。