かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

私と公文式(19) くもんバッグ

 このほど、くもんバッグがリニューアルされるそうで。

 私が入会した頃などは、そうした名の付くものがなくて、せいぜいクリアケース的な、それこそ子供ウケからはほど遠いものが、有料物品としてあったくらい。

 だからバッグは、人それぞれ。だいたいはランドセルに無造作派ではありましたが、私のは母に縫ってもらったスヌーピーのバッグでした。

 あれは小学校の四年生くらいでしたでしょうか。週に二回、公文がある日だけ、別の通学路をそっち方面の友達と一緒に帰っていた私は、もちろんテンションマックス。

 雪玉など丸めながら、愉快に教室へ向かい、「じゃーね」と別れて入室、いざ教室モードに切り替わろうとした時でした。

 私の手には学校を出る時まで確かにあった、スヌーピーのバッグがなかったのです。では何を提げていたかといえば、それは今日学校で使った習字のカバン。

 このズッシリした重さに紛れて、プリントと筆箱しか入っていないくもん用のバッグを落としたのだということは、子供心にも判然としていました。

 まさに周章狼狽、足元がふわふわする感じがして、初めのうちは悲しみよりもショックが勝っていました。先生に何とか訳を話すと、教室の空き具合もあって一緒に雪の道を探しに出てくれました。

 通ってきた路肩の雪山を丹念に見回って、側溝の中まで覗いてみたけれど、バッグはどこにもありません。仕方なしに教室へ引き返して、鉛筆と消しゴムを借りて今日のプリントに取りかかるけれど、入会以来の付き合いだったバッグ、そして苦楽を共にしたあの筆箱、お気に入りの鉛筆の具合が思い出されるにつれて、津々と悲しみが浸して来たものでした。

 どこぞの雪の中に落っことしたのやら、何なら習字カバンが身代わりになってくれればよかったものを、なんて不届きな思いをめぐらしつつ、翌日学校へ行くと、何と担任の先生が私のくもんバッグを持って教室へ入ってきたではありませんか。

 見ればどこも汚れた様子はなく、まさに昨日学校を出た時のまま。それもそのはずで、アホな私はあろうことか、既にして下駄箱でこれを落っことしていたのだそうな。

 とまれ無事、いつものバッグと愛用の筆箱が帰ってきた安堵感は計り知れないものがあり、その日の宿題は、いつもの筆記用具でいつものように公文が出来る喜びを味わわせてくれたのでした。