弟や妹が教室へ通い出すようになると、この間までへろへろしていたお兄ちゃんやお姉ちゃんが、妙にシャッキリし出すから面白い。
「ほら、ここで手を洗うんだぞ。」「それからここに名前と体温を書いて。」「ああ、もう、おれが書いとくから!」
なんて世話を焼いてくれるものだから、こちらとしては実にありがたいものである。
ものすごく忙しい時間に「あ、なんかぁ、妹が? 来るって言ってて」と、出し抜けに彼がすごいことを発表してきたから、リアクションもかなりな時間差で「え? マジで?」。
日を置かずしてやってきたのは、お兄ちゃんと瓜二つな、くりくりお目々の妹ちゃん。誰がどう見たって兄妹である。
まだ右も左も分からない妹に、彼がまさに手取り足取りする様子、それは三年前、暗い待合室にてーんと佇んでいた彼に、私たちがしてやったことと、何ら変わるところがない。
そうした彼の変化は、普段解いてくるプリントにも散見され、この間などは四則混合の問題の余白に、びっしりと日本語が書いてあった。さて、何が書かれていたのかというと、それはただの落書きではなく
「ぼくは、これは、それが=主語」「○○だ。=述語」と、誰かに講義した痕跡であったからビックリしてしまった。算数を解いていて急に国語の復習がしたくなった可能性もあるけれど、とうの昔に主述の関係などは学習済みのはず。
そういえば妹ちゃんがやっていたのは・・・と、現にせっせと彼女が書いている国語のプリントを見てみると、なるほどちょうどそんなあたりをやっている。
謎が解けた私の脳裏に浮かんだのは、彼と彼女が兄妹仲良くテーブルに並んで公文をやっている、実に微笑ましい光景であった。「お兄ちゃんわかんない。」と妹が公文の先達である兄に尋ねる。すると彼が「えっと、なんかぁ、主語っていうのはぁ」と講釈をはじめる。
教えられるということは、その対象を構造的に知り尽くしていなければ出来ない仕事である。今や彼は、小学生でありながら主語と述語の関係及び、特徴について語れる人間へと飛躍的に成長したと言っても過言ではないだろう。
ひと皮どころか、ふた皮もむけた彼。そんな素敵な脱皮の殻をお財布にでも入れたら、さぞや御利益がありそうである。