夕方にもなると、前の方の席を使う小さい子たちもまれになってくる。
処理済みの成績ファイルやら何やらを、私がそこに仮置きしてうずたかく盛り上げていると、きまってそこへやってくるのがDJである。
ニコニコしつつも、ちょいと申し訳なさそうな顔をして私に目配せする。「あのぉ、ここ、イイですか?」と言いつつも、既にして着座する気十分の構えでいる。
仕方がないから私も「じゃあ、そこのファイルを君の後方の席へ移動させてくれ」と言い終わるかそうでないかのうちに、DJは手慣れたもんで、それこそスタッフさんみたいな動きで、手早くファイルの山を移してくれる。
いつものヘッドフォンにファンキーな横文字が大書された大きめのTシャツは、最早この教室のお決まりの景色になりつつある。本日も元気に素晴らしい発音を皆に披露しているけれど、今日はやっぱり何か違和感がある。
そうなのだ今日の彼から結構長めなケーブルが伸びているのだ。ポケットから出たケーブルが床近くまで垂れていて、それがどうやらお尻のポケットに繋がっているらしいのである。
直ぐさまツッコミたくなる気持ちを押さえつつ、あえて何もツッコまずにプリントを解ききる一部始終を見届け、丹念に音読を聞いてやる。しかる後に What is this? とやるのが筋というものであろう。
「え? ああ、これですか?」「そうそう、それですとも。」「これは、Portable Battery ですよぉ。」
流石の発音である。でもでもなにゆえそんなに長ぁいコードを使っておるのか、お家から直接教室へ来たはずなのになぜに今・・・という「Why」の嵐が私の頭の中を渦巻いているけれど、それがDJの流儀であるのだから仕方が無い。
それが誰かの邪魔になるわけもなければ、自分の勉強の妨げになるわけでもない。ひとりのオトナの仕事を明るい理由でちょっとばかし妨げるくらいにして、それを止せと言う理由はなにもないのである。
夏の夕べは長い。ヒグラシが鳴いて、山の端がようやっと暮れ始めるころに、すっかり充電をマックスにしたDJが夕陽を背にして帰って行く。