かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

私と公文式(24) 謎のお楽しみ会

 私が小学校高学年の時でしたでしょうか、母が教室を開設しました。そんな母から「これまで通っていた教室ではどんなイベントをしていたのか」という質問を受けた現役公文生の私は「公文には必ずお楽しみ会があるものだ」と提言したのを覚えています。

 そんな私の提言をもとに、当時八畳一間の小さな教室で母主導の「お楽しみ会」が開かれることになったのでした。

 しかしながら、この「お楽しみ会」は私が想像していたのとは大分勝手が違って、リアルに人々を楽しませよう、という様相を呈していたものだからビックリ。

 何とその日は最初からお楽しみ会オンリーの教室日になっていて、所定の時間にぞろぞろと私と同年配の生徒がやってくる。丸く並べられた椅子に着席して何がはじまるのかと思いきや、いきなり始まったのがクイズ大会。

 正解者には結構ちゃんとした文房具が進呈され、最初は恥ずかしがったり解答を遠慮していた人々も、我先に手を挙げたり本気で悔しがったりしているものだから、怒濤のようにクイズを出し続ける母はニンマリしている。

 そういえば最近母が、休みの日もガリガリ机に向かって何やら書いていたのは、このクイズだったのか、と思い至った時既に遅し。如何なる超展開か知らないけれど、気が付くと私の弟を含めて人々が「加トちゃん」やらお侍のズラを被って満面の笑みで居並んでいたものだから、もう何も言えねぇ、ってな感じにならざるを得ません。

 先日、ふとした拍子に教室の机の奥から、その折のなつかしい集合写真が出てきたのです。うーむ、客観的に見てもみんな大分と愉しそうではないですか。このチンドン屋めいた写真が物言わぬ証拠。母監修の「お楽しみ会」は確かに子供達のハートを射貫いていたのでありましょう。

 お分かりのように、どうにも半端な事がキライな母は「お楽しみ会」を一から作ってしまったのでありました。流石にクイズ大会は三回、四回とは続かなかったものの、年に二度のイベントは年々歳々「工夫」と規模の拡張を続け、今ではそれを最大の励みとして勉強に打ち込む子供すら出てきたそうですから、いやはや侮れません。

 では、今はどんなことをやっているかですって? それを語るにもまた紙面が要りそうですから、次の回に譲りたいと思います。

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