かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

蝸牛独読(5)「くまさぶろう」を読む#2

一、skillful robber

 テクストは冒頭から第一の謎を投げかけて来ます。「どろぼうのめいじん」と紹介されるくまさぶろうでありますが、何と彼は「はじめのころ」「それほど じょうずなどろぼうでは」なかったというのです。

 まず「はじめのころ」とは、いつの状態を指すものなのでしょうか。「どろぼう」を始めたころ? それともテクストの前半部をさすものか、実に曖昧であります。

 テクストを俯瞰すると、くまさぶろうの盗みは前半部の物品を盗んでいる時期と、それから「なんねんか」が経過した後半部の「ひとのこころ」を盗むようになる時期で区分けされます。

 となるとやはり「はじめのころ」と語られる部分が、物品を中心に盗みを働いていた前半の時期に相当すると解釈した方が自然でありましょう。

 では一体、くまさぶろうの盗みの何が、それほど「じょうず」でなかったとされているのでしょうか。

 実際のところ、くまさぶろうの前半部の盗みの手際はどれも鮮やかと言うよりほかありません。砂場遊びに夢中な子供のシャベルや、とこちゃんが食べているコロッケを「すれちがうとき」に盗ってしまう「はやわざ」などは、既にして「どろぼうのめいじん」と呼ばれてもよのではないか、と思えてしまうレベルにすら見えます。


引用
 「はなれているものは すいよせる。おおきなものは ちぢめてとる。どうだい、このうでまえ」くまさぶろうは そういって、「ほっほっほっ」と わらいました。


 この引用箇所で特筆すべきは、彼が一般的(?)「どろぼう」スキルでは飽き足らず、まさに人智を越えた力すら、意のままに発揮している点でありましょう。

 かんちゃんのミニカーは、「はなれたところから」抜き取られ、動物園の象は「ちぢめてとる」。ここまで来ると、最早彼に盗めない物はないと言えるでしょう。なにせ物理法則すら思いのままに飛び越えて、盗みを達成してしまうのですから、これ以上のskillful robber(盗み巧者)は考えられないというレベルにまで、くまさぶろうは達しているということが明らかなのです。

 しかし、そんな彼はこれでもまだ「じょうずなどろぼう」でないのです。つまり、彼が極めた物を盗むにあたってのスキルは、本テクストにおける「じょうずなどろぼう」の基準から外れているのであります。

 では「じょうずなどろぼう」とは、後半部で言うところの「ひとのこころ」を盗める「どろぼう」ということになるのでしょうか? いやいや、ここで判断を下すのは早計でありましょう。

 今度はちょいとばかし、文化人類学の知見を拝借して、くまさぶろうという得体の知れない男を精査してみることと致しましょう。