教育に悪いものを子供に見せるな!
というのは、最早古典的な台詞でありましょうが、昨今はメディアが増殖に増殖を重ねた結果、最早オトナのわれわれが子供の観ているものを全て把握することも至難の業となってきました。
テレビが一家に一台で、チャンネルが数えるほどしかなかった頃と比べれば、タブレット一枚で四六時中好きな動画を好きな時に閲覧出来る今という時代は、彼らが観ている動画の善し悪しを判断しようとも、とうていそれが追いつかなくなってきた時代と言えましょう。
ですからここで試されるのは、子供を含めたわれわれ各人の倫理感であり、諸子百家がネット上で発信する、まさに玉石混淆の情報を正しく疑うリテラシー能力と、それにともなう論理的思考力なのです。
しかしながら、そんな最中にあって一つだけ、私が自信を持って「教育に悪い!」と言えるものがあります。それはずばり「国会中継」です。
政治に対する若年者の関心を高める、というのはもちろん必要なことではありますが、こんなロクでもない国会答弁を未来ある彼らに見せてはなりません。
国語の授業において彼らは、質問に対して適確に答えることを学びます。「なぜですか?」と尋ねられれば「○○だからです。」と応答し、学齢が進めばディベートを通して、言葉によって高度な議論をする術を学習します。
そこへきて「国会中継」の、あのザマは何でしょう? 政治のトップが尋ねられたことに答えられない。そしてあろうことか、訊いていないことを二回も三回も馬鹿みたいに繰り返して得々としています。
議論が尽くされなければならない局面にあっても、閣議決定で既に決まったことは議論しなくてもよい、というスタンスが丸見えであり、これほど国民を馬鹿にしていることはありません。
それは「ママゴト」みたいな形だけのギロンであって、つまるところ政権側にとってそんなものは無くてもよいのです。
まさに問答無用。これが議会及び議論のあるべき姿である、と誰が胸を張って子供達に言えましょうか。それはちょっとしたディストピアであり、言葉が悉く賦活することを止めた世界です。
政治家がいつから失語症に陥ったのか分かりませんが、官僚の作文を読み間違えながら音読する政治家が、いったいどんな未来の展望を見せてくれると言うのでしょうか。
そんな政治家がテレビに出てきたら、それこそ「教育に悪い」のです。いま盛んに学んでいる私の門下生を含め、これからを生きる子供たちは、ただでさへ今までオトナ達が溜めてきたツケを多く払わされる損な役回りをせねばならぬのに、政治がコレではあまりにも哀れであります。
議論出来ないオトナ達よ、諸君には最早何も望まない。私は日々畑を耕し続けるように、子供達の内に「生きた言葉」を育てるばかりです。