甘いチャーハン、ブロークンなイングリッシュに打ちのめされ、「曖昧な日本の私」すら封じられた私は、スチームが蒸してきたベッドルームで貪るように新潮文庫を読んでいました。
そこは普通「郷に入っては何とやら」だろう?
と思われる方もあるかも知れませんが、残念ながら私はそれらのカルチャーショックが、実に反動的に働いたのであります。もしかすると、あの時の反動が十数年経過した今もなお持続している可能性も否定出来ません(笑)。
自分の姿というものは鏡であるとか、自分について語ってくれる他者があって、ようやく把握できるものです。それと同じように、自国の文化というものもまた、異国という眼鏡を通してはじめて理解されるものなのではないでしょうか。
だとすると、このカナダの地において日本文化に覚えた激しい憧憬はまさに、文学青年が日本文化に改めて回帰した瞬間だったのかも知れません。
文庫を読み終えてしまった私は、おもむろに万年筆を取り出して、ベットの上に原稿用紙を広げる。窓の外には凍てつく夜の帳が降りていて、隣室では例のパーティー帰りの姉とフィアンセがイチャついている。
そんな猛烈な異邦人感を味わいつつ「加奈陀旅行記」という百枚くらいの旅行記(現地では二十枚ほど)をものしたのは、私にとって最初で多分最後の海外体験でありました。
流石に感傷的過ぎて、掲載にたえるものではありませんが、あの時のあの瞬間を記録した一次資料として、それは今でも私の机の奥にしまってあります。(次回へ続く)
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