「オレさぁ、今日、早く公文終わらせる!」
という彼は、教室でお勉強をした後、じき前の公園で友達と遊ぶのだという。集中力がなかなか続かず、いつもポケーっと魂魄を虚空に漂わしてしまうところの彼であるから、そいつは好都合。
ニンジンが目の前にぶら下げてあれば、ファイト一発、きっと脇目もふらず一気呵成にプリントを書き上げてくれることだろう、なんて期待していた私は大いにアマチャンであった。
十枚ある引き算プリントの二枚目の裏で、早くも鉛筆の先が停滞している。分からなくなったのであろうか、いや、そうではないらしい。彼の目線は真っ直ぐ窓の外に注がれているではないか。
心ここに在らず。何なら魂は既に公園へとあくがれ出でてしまっているのである。
頼むから帰ってきておくれ、とばかりに発破をかける。彼が手を止めているのは、単元が進んだばかりの「引き算」であるが、死ぬほど「足し算」の収斂を積んでおきながら「引き算」が出来ないというのは希有な話である。
さぁ、頭の中で指なぞ折っている場合ではない。「足し算」を使って考えるのだと檄を飛ばし飛ばし、ようやく彼はゴールにたどり着いた。急いで国語のヘンな答えを直して、百点になった算数のプリントを受け取り、帰り支度は万端の模様。
最後に成績ファイルを返しに来るから、試みに「引き算」のヒケツは何だったか尋ねてみる。
「えっと、ああ、足し算をつかってやる。宿題も足し算をやってきます!」と、私じゃなくて公園の方をガン見しながら答える。最後に何か不穏なことを申したような気もしたけれど、これ以上彼を引き留めるのも野暮である。
「さよなら!」と元気に公園へ飛び出していく彼。少年よ、大いに遊ぶがよろしい。だけれど、お願いだから教室の玄関先で「もーいいーかい!」を叫ぶのはやめておくれかし。
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