かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

子宝日記(17) 軟禁パパと難産ママ Ⅲ

 さて、このマシーン。絶えず不穏な拍動を発しながら、秒送りで吐き出される用紙にダイアグラムみたいなチャートを刻印し続けている。第一印象は、カフカの「流刑地にて」に登場するマシーンであるが、これもまた縁起が悪い表現となってしまうので止そうと思う。

 コードの先が妻の腹の辺りに潜り込ませてあるところからすると、これはきっと胎児の何らかの生態情報をモニタリングするものであるらしいことが窺える。はじめは妻の心音かとも思ったが、どうして成人がこんなに早い拍動を打ち続けるはずもない。よって、この不断のパルスは我が子のそれであると分かるが、今ひとつの数値は上がったり下がったりと不規則極まりない。

 持ち込んだ荷物の荷ほどきをしていると、さきほどオモテでずいぶん「世話」になった助産師のおばさんが入ってきた。大人げない私はインネン覚めやらぬ最中であるからして、黙々と自分の仕事に専念するふりをしながら、横目で処置の様子を注意深く観察する。

 「どうかなぁ、まだみたいだねぇ」とおばさんは、印刷された例のチャートをバラバラとほどきながら、その経過をチェックしているらしい。なるほど、こうして定期的に巡回しながらチャートの情報を元にお産のタイミングをはかっているものらしい。また、妻との会話には時折「張る」「張らない」という文言も聞かれるが、これはよもや「梓弓」云々の雅やかな話の一端でないことは明らかである。

 「ちょっと、張りが強く出てきてるからイイ感じかもね。」と言われた妻は、どうして「イイ感じ」な顔をしていない。その顔は苦悶の表情であり、そんな言葉をかけられても実際のところ彼女は先ほどから「痛い」しか申しておらぬ。しているうちに、拍動のもう一方のチャートが急勾配を描いて跳ね上がった。

 「痛い、痛い」これは最早疑うべくもない。妻の腹の「張り」つまりは腹の「痛み」は、刻一刻と数値化され、その度合いを増していたのである。

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