かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

子宝日記(19) 軟禁パパと難産ママ Ⅴ

 軟禁。それはゆるやかな監禁の謂いであろうか。身体的な拘禁状態を監禁と呼ぶのなら、軟禁とは何らかの制度制約によって一個の人間をその場に拘留することを指すのやも知れない。

 「パパはこの部屋を出ないでください。」と言われると、たちまち出たくなるのが人間というものである。何せ私の息子は皆から「出ろ出ろ」と五月蠅く促されているにも拘わらず、母の腹の中で頑なに籠城を決め込んでいるくらいであるから、父はそれに輪をかけてタチが悪く出来ている。

 さはれ、にわかに妻が分娩室へと運ばれていって以来、この部屋は火が消えたように静まりかえり、唯一聞こえるのは隣室の妊婦が頻りに押すらしいナースコールばかり。もう少しグーを妻の尻に圧し込む「立ち会い」の作業が続くかと思いきや、あっという間に父は単なる産科の客人と化してしまったわけである。

 帰ろうかしら。ヒマを持て余した父は思案する。途中経過の報告もなく、およそこの個室に野郎が一匹蟠っていることなぞ、分娩室の人々は思案にもかけないのだろう。

 かつて大学のツマラナイ講義からエスケープしたように、傲然と荷物をまとめて帰宅したとしても、正直なところ誰かが実害を被るわけでもないが、いざ「産まれました!」となった時に「アレ? パパに帰られちゃったの?」なんて、妻が要らぬ恥をかきかねないし、私だって折角出てきた息子と対面したい気持ちもある。

 仕方がないのでカバンから持参した日記帳と「pomera」と数冊の文庫を取り出し、先ほどまで膳部が乗っていた机に急ごしらえの陣地を構築する。どれほど時間が経ったかしらん、陽はとっぷり暮れ落ちて、窓外には二月も終わりの雪。田畑を漁りにいった雁たちがねぐらの沼沢地を指して飛びいそいでいた。

 おそらくこれは難産の類いである。日記帳に助産師のおばさんとの蟠りや、今日一日の経過を記録整理していたところ、分娩室へ運ばれた段階でほぼ子宮口が開ききっているとすると、それから優に四、五時間が経過していることに気がついた。スマートフォンを用いて調べると、これぞまさに「難産」の定義をみたしている。

 医者に任せているので、それまで何も心配することもしなかったのであるが、ここへ来てようやく私は妻の身がそこはかとなく案じられた。