かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(2) スカーフェイス

 頬に傷とアザのある我が子がワゴンに載せられて運ばれて来たとき、私は妙に納得したのである。

 なるほどこんなのが股の間から出てくるのだから、どこかでつっかえるのは当たり前のことであるし、この足で腹筋の内側から蹴られれば、痛くないはずがない。顔はまん丸でアンパンマンみたいに腫れ上がったところに未だ焦点の合わぬ切れ長の目、そしてこの傷とアザの具合である。これはまさしく「スカーフェイス」、ガッツと信頼で世を渡っていく男になるのやもしれない。

 見れば、ミニチュアみたいな手指で以てわざわざピストルを作ってこちらへ向けている。これは自分の頭に吸盤をくっつけて、鉗子でむんずと顔面を掴まれて引っ張り出されたことに対する報復の構えであろうか。

 どことなく自分に似ている気がする、小さな小さな人がふわふわのお布団に寝かされて「もう、十分だろう。これ以上、オレに何かするんじゃねぇぞ。」と凄んでいる。面会時間もぎりぎりいっぱいである。「わかった、わかった。手出しはすまい」と父親が「それでは、どうもお世話様。」と帰りかけるや、助産師のおばさんが是非とも抱いてみろと言う。

 私は唯々、ぷらんぷらんの頸が何かの拍子にどうにかなるのが怖さに、今日の所は遠慮をしておこうとしていた矢先、まさかのフリにしどろもどろ。メディカルグローブの染みは、今し方血のりを拭ってきたところのものであろう。ひょいと我が子を抱き上げてハイと手渡すまでの早いこと、熟達したバスケットボール選手さながらのパスである。

 懐にするりと受け渡されたと思ったが、意想外に軽いので本当に自分が我が子を抱えているのかどうか心配になる。包まれている布ごしにぴくぴくと四肢の動く気配こそすれ、頭が自分の肘だか二の腕に載ったのだかすら定かでない。仕方がないから肘を張り上げて、とにかく頸が重力に負けて宙ぶらりんとならぬようにと心がけるが、度を超していたらしく「フラットに、フラットに」と窘められる。

 「このほっぺのやつは、分娩の時に付いちゃったんだけど、そのうち無くなりますから。」「はぁ、左様ですか。」と平静を装いつつも、内心私が少しくホッとしていたのは言うまでもない。