かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(10) 沐浴エレジー Ⅲ


 赤ん坊用のバスタブに湯を汲み入れる。そのうちに彼を風呂桶の蓋の上に寝かせて、身ぐるみ剥がす予定であったわけであるが、コトはすんなりと進行しない。

 ふにゃふにゃと直ぐにその所在が分からなくなる腕は奇しくも頑強に肘を突っ張って、脱がせようとする衣服を引き留める。ならば突っ張っている肘を畳んで通そうとするが、これはどちらに曲げるのが正しいものか判然としない。無理にやって関節を痛めることになりはしないか、下手をすると脱臼もありうるのではないか・・・そんな心配が入浴前とうって変わってムクムクと頭をもたげてくる。

 最早我が子は危惧の塊と化している。さっきからバスタオル一枚隔てた風呂蓋の上に頭を転がしているけれど、こんな所へやわらかな頭蓋を据えてよいものだろうか。下手をすると、これがために一生人に笑われる頭の形が出来上がってしまいやしないか。

 およそ風呂の入れ方は動画で予習したつもりであるが、その他の段取りにおいては著しい手抜かり、いや、想像力の欠如による弊が甚だしい。もそっと一連の流れをイメージ出来ておれば、配慮の足りぬところもいくつか気付けただろうに、と仮定法過去完了的な嘆息をしても後の祭りである。沐浴は現在進行形で進んでいるのであり、我が子を半分裸ン坊にしてしまった手前、もう後には引き返せない所まで来ている。

 腰の痛みを忘れつつ必死こいて着ているものを剥がすと、中からいまだ赤黒い我が子の本体が露出した。こんなふにゃふにゃした体つきのどこに、あんな強情を張る力があるのだろうか。どこに焦点を合わせているのか定かならざる黒目に、浴室の電灯の光が揺曳していた。

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