かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

蝸牛随筆(35) でんしすと Ⅹ


 結果から申し上げると、私の歯は見事に白さを取り戻した。それは谷崎の『痴人の愛』においてよく言及される「西洋人」的な白さではなく、飽くまで襤褸に包まれてこそのくすんだ白さなのだろうが、口腔という仄暗い空間にすっと浮かび上がる白さのつきづきしさは『陰翳礼讃』を引くまでもなかろう。

 「はい、終わりましたー。お疲れ様でした。」と手鏡を渡された私は驚愕したのである。こんなに簡単にあの茶渋染めが解消せられるなんて、まるで狐につまされたような感じである。あれほど磨いてどうにもならなかったのが、一晩ハイターに漬けた湯飲みよろしく漂白されている。

 いったい如何なる手を使ったものかしらん。突かれたり圧されたり、緊張に次ぐ緊張によっていい加減疲れちまったものであるから、最早されるがままに「あーん」と口を押っ広げていた私は、何か臼みたいな回転体がエナメル質の上を行き来するのを感じていた。それは先刻治療室へと通された折り、私の行く手を阻んだかのロボット掃除機のイメージと結びついたのも無理からぬことであった。

 回転するブラシが歯茎に伝える振動は、疲れて鈍磨した口腔には寧ろ心地よく、不覚にも私は無防備の権化よろしき状態のまま、ちょいとばかし寝かける体たらく。終いにはリンゴ味のする「フッ素」の蜜をたっぷりと塗られてお解き放ちとなったが、次なる検診の予約と宿題の土産まで付いた。

 宿題は磨き残しを今回の六割から三割まで削減すること。たいへん主題の明確な課題を前に些か戦々恐々としながら、私は雪解けの道をぶらぶら帰った。日陰に残った雪片がくすんだような白さで光り、マスクの中でリンゴの風味が不断に薫った。了

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