かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(39) 寝返った男 Ⅱ


 さて、寝返ったはよいものの周りを見渡す以外に、この男、別段何をする様子でもない。ただ時折、突っ張っていた両手を離して腹でバランスを取ろうとする様子が見られる。その拍子で両手同様、両足もまた宙に浮いてバタつく姿は、虚空を泳ぐようでもあり、もっと分かりやすい例を用いるならば、「ミッションインポッシブル」におけるトム・クルーズと言ったところである。

 五分と経たぬうちに、彼の体力は尽きてしまったらしく「如何ともするなし」という顔をして、畳に顔を埋めてぐずりだしてしまう。これを助け起こして額に付いた畳を払ってやると、今度は腹が減ったの泣きが始まる。

 こんな感じで我が子の寝返りは開始されたのであるが、はじめのうちはせいぜい一日に二回ほど、気が向いた時にやる程度であったのが、一週間と経たぬうちにどんどんのべつ幕なしに寝返りを打つようになってきたものだから、こちらもウカウカしていられない。

 途中、何度も潜入するトム・クルーズの体勢を挟みつつ、まず回転が始まった。これは仰向けに寝ている頃もやっていた動作ではあるけれど、うつ伏せでやるのとではきっと筋肉の使い用も違うことだろう。

 その場で地団駄でも踏むようにして、ゆっくり一回転して戻ってきたあたりを捕まえて、頭を元の位置へ倒してぐるりと仰向けに戻す。すると本人はまだ回り足りなかったのか、直ぐさま腹ばいに戻って二周目の回転に入るので、もうこうなったら彼の気の済むまで回らせてやる。

 しかし、ここ数日はどうも違うのである。回るのに飽きたというのではなしに、回りそうなそぶりを見せながらも、どこか前方に進もうとする気配を見せ始めたのである。

 腕を突っ張ったまま両足を虚空にバタつかせて、ほんのちょっと届かない位置に設置した「舐められ太郎」の方へ、一歩ならぬ一手を繰り出そうとしているではないか。「ススメ、ススメ」と声を掛けつつ、激しく空回りしている彼の足を、なんとか接地させたいものだと気を揉む私がある。