育児漫遊録(40) 寝返った男 Ⅲ
両足の蹴っ張りが推進力となることを、もしかするとこの男は理解しているのだろうか。
トムとジェリーであれば、こんな風に両足が空回りしていてもピューンと矢のように進んでいくのに、我が子の前進はいまだ仮想の域をでないようである。
畳でこれをやると、畳だらけになるので会場をマットの上に移したり、手を引いて前進するイメージを持たせてやったりはするのだが、結局はまたその場で回転して終わってしまう。だが本人は満更でもない顔をして「どうだ?」という顔をしてくるけれど、「悪いけど、一向に進んでおらぬよ」と私も笑ってしまう。
進んでる感は満載。実際のところ、回った時の何らかの誤差で初期位置よりは二三センチ進んではいるものの、そんな効率の悪い前進で満足してほしくはないものである。
そんな親子の前進特訓は突発的にはじまり、唐突に終わる。二周も回って疲れると彼はがくんと頭をマットに埋めて、そこにある手をしゃぶりはじめる。父はプロレスのレフェリーみたいに、彼の前に這いつくばって「ギブアップか? ギブか?」と問うている。
そんな様子を見かねた母親が「ギブだよ、ギブ。」と彼を救出してゆく。それでも最近分かったことが一つある。
彼が疲れてくると、宙に浮いてブンブン空回りしていた両足が次第に接地してくるのである。すると一瞬如何にも理想的な太ももの運動が表れ、彼の上体がぐんと前方に押し出されるのだ。それ故に私としてはもう少し特訓を続けたいのであるが、「いやいや、この子のHPはもうゼロだから」と言われるとグウの音も出ないのである。
まぁ、放っておいても前進が可能になるのは分かっているのだ。前進が可能になれば、そこでまた「大変な事」が増えてくることもまた分かっている。だけれど、いち早く彼の寝返りも見たいし、ずんずんこちらへ向かって這いずってくる姿も見たい。
親心(親バカ)というものは、誠に仕様のないものである。あんまりバカを発揮しすぎて、いつか我が子にホントの意味で寝返られないことを祈るばかりである。