蝸牛随筆(10) 夜と光
汽水の川が海に注ぐあたり。
幾つもの川を横切って、平野を抜けて、小さな峠を二つ三つ抜けて、ようやくここまで来た。
実に三年ぶりである。かつての写真と見比べると、父の頭には白髪が増えて、祖母の座高はちょこなんと低くなった。毎年来ていた海端の宿には、既に夜が訪れていて、ここからの眺望はびろうどのような闇である。
辛うじて水の動くのを看て取れるのは、その河口に投げかけられた一条の光のたゆたいによる。その注ぎ出す先には、大きすぎる闇が身じろぎもせずに沈黙している。
千切れそうな漆黒と沈黙の只中に、何故かくも儚い灯光が投げられるのだろうか。誰を照らすでもなく、私よりほかに誰が見つめるでもなく。それはあまりにもかそけき光である。
だが、その光は夜の中に輝きを振り絞る。八方に伸ばした光のあしで、夜の懐にしかと食いついている。
この、あまりに微かな抵抗について、海は何一つ返答を与えない。そしてただ、その灯火を抱きながら、大きくうねり、たゆたい、眠る。