子宝日記(4) 耳を澄ませば
このごろ通う店のレパートリーが一つ増えた。 いつものスーパーに、ホームセンターと本屋とビデオ屋に加えて、『ベビー用品』をひさぐ店に出入りするようになった。
当然のことながら、これまでおよそ縁の無かった店であるが、あと数ヶ月もすれば「必需品」となろうものをここで買い揃えねばならぬわけである。
物の本によれば、肌着やらガーゼやら都合様々のものを準備する必要があるらしい。野郎の一人暮らしが長かったせいか、せいぜい肌着が数枚と産着が数枚あればよかろう、と高をくくっていたところが、あれもこれも、へぇ、そんなものまで! というものまで「事前に」用意する必要があるらしい。
なるほど、奴さんは裸一貫で出てくるのであって、それにまずは肌着とその洗い違えも入り用であるし、いざ家居に連れ帰るとなれば、新生児対応の「チャイルドシート」も必要であるし、帰った先で転がるための「ベビーベッド」も必須である。
さもなくば、暴君で知られるわが家の小型犬に、大事な赤ん坊を囓られても文句は言えない。
そんなことを考えつつ『西松屋』に初めて足を踏み入れた私は、「ほうほう、これが音に聞く産着で、これがチャイルドシートで、こっちが最近の乳母車であるか」とボロボロ目からうろこを落としまくった挙げ句、結局ヘンな物を買って帰ってきた。
父の手には「聴診器」。そいつをおもむろにカバンから取り出して、往診ごっこか知らんが、まずはトイプードルの心音を確認している。
犬は怪訝な顔をして立ち去り、妻がおいおいという顔でこっちを見ている。少しく大きくなりかけた腹には、微かな胎動が感じられるという。
何よりもまずは、私の子供が動く音を聞いてみたい。耳を澄まして、その腹の中に私の子が息づいている兆候を感じ取ってみたい。
呆れた様子で犬はケージに入って寝てしまったけれど、妻はもういい加減にせよというけれど、あきらめの悪い父親は、その腹の微かなふくらみに、じっと耳を澄ましている。
ごぼごぼと妻の腸が動いている。赤ん坊の動静は皆目わからないが、とりあえず母体は健康であるらしい。