かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(4) 一日一時間 Ⅱ


 どれだけその一時間があっという間かと言えば、子供の時分に宿題やら何やらを死に物狂いで片付けて勝ち取ったゲームの時間くらい、と応えるべきだろうか。

 新しいゲームを買ってもらった昔日の私も、目覚ましく不思議な玩具が目の前に立ち現れた今の私も、畢竟するところ何ほどの径庭もないのだ。ここへきて「父親」という意識がもう少しにじみ出てくるものかと思ったけれど、そんなことはない。ただ好奇心に導かれるまま、疾く疾くとばかりに罷り越したる男一匹、彼は「自分の赤ん坊」という現象の珍しさに眩いているに過ぎないのである。

 妻は元気。その確認作業のあまりの手早さが、しばしば世の中(男女の仲)では問題になるものらしいが、部屋の真ん中に置かれたワゴンの上、プラスチックのカゴの中でピクピクしているあまりにも小さな掌を見せられたら、ゆっくりと妻の健康観察に勤しんでいる場合ではなくなる。

 生まれたてを抱かせられた時に比して、赤みはだいぶと減っている。やはり狭いところを無理矢理通って来たのだから、あっちこっち擦れたり圧迫されたりで腫れぼったくなっていたのだろう。はじめて自分の息子の平常時の顔を拝んだ父親は、「なかなかどうして、悪くない」という内心の評価をニヤニヤ顔に滲ませつつ、それでもこのチンギス・ハンみたいなあまりに切れ長のまなじりは、長じて後もこんな感じなのだろうか、と早くも心配の種を育てている。

 一時間は光の矢の如く過ぎ去り、一日のうちのそれ以外の時間もまた飛ぶように過ぎていった。今思えばそれはプライベートで好き勝手に過ごす時間及び「安眠」が約束された貴重な時間であったわけだが、結局のところ明日の面会時間が無性に待ち遠しくて、枕頭の灯りは平時よりよっぽど早く消されたのであった。