育児漫遊録(18) 上から下から Ⅱ
転がされているだけなのに、やたらニコニコしている時がある。そんな折りは「あら、めんこい!」なんて、家人が群れ集うのは自然の理であるけれど、ゆめゆめ油断してはならない。満面の笑みと共に大量のミルクが吐き出されて、わが家のお茶の間は阿鼻叫喚の嵐と化す。
「おう、吐いた、吐いた、フキン、フキン!」「フキン、さっきテーブル拭いて汚いからだめだ!」「ガーゼどこだ!」「あれ? さっきまであったのに。」「あ! 犬だ! 犬があっちさ運んでったわ!」(ト、犬逃げ去る。)
自分を震源地として湧き起こるてんやわんやを、吐き戻してスッキリした我が子が愉快そうに眺めて聞いている。我ながらこいつはオオモノの予感である。犬に取られたガーゼは既にしてオダブツであるから、騒擾のなか私と妻はスッと席を立って新しいガーゼと着替えを取りにいく。
戻って来るころには、家人の手によってあっちこっちあり合わせのもので拭き上げられている。既に上の服は脱がされて、これまた湯上がりの格好である。私はその如何にも健康ランドで寝そべっていそうなおっさんみたいな赤ん坊を抱き上げ、妻が着替えを広げた座布団の上に安置する。
するとそこへガーゼを咥えた犬が戻ってきて、彼の汚れた襟元に染みついたミルクの匂いをめあてにじゃれついてくる。そいつを払いのけ、追っ払いして下着を剥がし、改めて首を拭ってから既にヘビロテ甚だしいお馴染みのベビー服を着せにかかる。
するとまたしても不敵な笑み。まるで私たちに「おれのゲーを止められるものなら止めてみろ」と言わんばかりの顔である。
「このヤロウ」と笑いかけてほっぺをツンとつつく。すると今度は急に真顔になって「何だこの野郎」と眉までつり上げてガンを飛ばしてくる。やはりこの男、ただ者ではないらしい。