かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

文房清玩(11) 机 Ⅲ

 そんな不遇の机に転機が訪れたのは、それこそ大学を出てからであった。あの地震で以てやられた家を建て替えて、新しい部屋を拵えるとなったときに、わが学習机にようやく白羽の矢が立ったのである。

 折角の新しい部屋であるから、私は是非とも垢抜けのしたデスクを所望したのであるが、「自分のがあるだろう」と言われてしばし思案した。学習机の最大の特徴にして、座る人間に最も圧迫感を与えるのが、あの棚なり抽斗なりではあるまいか。あそこが鬱蒼としているお陰で、折角大きな机であるにも拘わらず何となく手狭な感が否めなかった。

 となると、あの付属品の棚を取り去ってしまえばわがワーキングスペースは十二分に確保されるし、それこそまさに社長室の机然と新しい部屋のど真ん中に鎮座ましましむることが出来るのではあるまいか。

 いま学習机を処分しようとしている読者諸氏があれば、ぜひとも一度あの鬱蒼たる棚を取り去ってみてほしい。足元に憚っていたキャスター付きの抽斗を机の脇に安置して、その上に洋酒の瓶を並べてみるもよし。余力があれば小気味のよい椅子を宛がうもよし。(デスクが大人びても、椅子をどうにかしないと、隠し得ぬ学習机感が溢れ出てしまう気がするのは私だけであろうか。)

 結局全集やら文庫やらノートを堆く積み上げるうちに「すっきり広々」は秒で喪われてしまったわけであるが、作業台はやはり広いに越したことはない。おかげで部屋はベッドと机にほとんど占領された形となってしまったが、時を超えてようやく私は学習机の世話になっている。

 現在は積み上がった本に加えて、赤ん坊のミルクセットやら鼻吸い機がこのデスクの上に駐屯していて、晩には夜泣きの前線基地として機能している。「ほら、三十を超えてもまだ使っているよ」と他界した祖母に一つ報告したくもある。