かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

子宝日記(5) 文士、服を買う。

 ボタンダウンのワイシャツ数枚と、スラックス二本とチョッキとカーディガンが一枚ずつあれば事足りるのが、私の普段の格好である。

 何度も洗っているうちにワイシャツの襟や袖口がすり切れたり、スラックスの膝が白くなってくると、妻に「そろそろ捨てるべし」と勧告されるので仕方なく打っ遣って、その代わりをユニクロで選んで来るという寸法であるからして、今のいままでおよそ能動的に「服を買う」ということをしたことがない。

 しかし、それがどうだろう。先日私は狼のようにハングリーな目で服売り場を物色し、自分の気に入る服を数点購入したのである。肌着からオーバーオールから帽子まで、普段は厳重に結んであって酒の時しか緩まない財布の紐を、カッターナイフか何か鋭利な刃物でちょんぎったかのような買いぶりは、妻をして瞠目せしめたわけであるが、レジの袋にはユニクロの文字がない。

 そこにはユニクロの朱印ではなくて、西松屋と大書してあるわけだが、もういい加減お分かりのように、普段あまり服を買わない父親も、どうやら「子供服は別腹」であるらしいのだ。

 われながら実に意外、いや異常なはりきりは真っ先に手に取った「熊ちゃん帽子」に現れているというもので、もっとも後回しにしてよいものから手をつける時点で「服を選ぶ」ことにおける偏差値の否応のない低さを開陳しているわけであるが、やはりどうしてこれが一等愛らしく見えたのである。

 まだ男か女かも分かっておらぬにも拘わらず、天井近くに飾られたヒラヒラ付きの訪問着を、せっせとY字フックで引き下ろして検分したり、「熊は男でも女でもきっと似合う」なんて論理もへったくれもないことを口走りながら、結局全身「熊ちゃん」コーディネートを完成させる父親を、呆れ半分の妻はちょいとばかし意外だという顔をして眺めていたのであった。

 それにしても件の帽はあんまり愛らしいので、写真を一葉ここに貼っておくことにしよう。



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