かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

子宝日記

子宝日記(23) 軟禁パパと難産ママ Ⅸ

今の呼び出しが途切れたのは、ちょっとした手違いだった可能性はないか。妻が苦しい息のもとで通話ボタンと着信拒否のボタンを間違えて押してしまった可能性はないか。 もしそうだとしたら、向こうの分娩室の一同は今一度電話がかかってくることを当たり前の…

子宝日記(22) 軟禁パパと難産ママ Ⅷ

元来私はスマートフォンを用いてテレビ電話なんてハイカラなことをしたことのない人間である。「LINE」のことは「メール」と言うし、「スマホ」もとい「携帯」で撮る写真のことは「写メ」などと呼称する部類の人間である。 事実、LINEでテレビ電話が…

子宝日記(21) 軟禁パパと難産ママ Ⅶ

近いなぁ、イヤだなぁ。と思いつつ話の要所だけかいつまんで聞いていると、この婦長らしきおばさん、どうして聞き捨てならないことを言う。 「今ね、ママはね、とっても頑張っているんだけど、ちょっと疲れちゃってるみたいなの。」急なため口への転調はよい…

子宝日記(20) 軟禁パパと難産ママ Ⅵ

母子の休養を慮ってか、私が押し込められた個室には白色煌々たる蛍光灯がない。あるのは洒落たバーみたいな間接照明と、ベットサイドの読書灯ばかりである。 分娩台に行く妻を見送って四、五時間。この照明ではそろそろ本を読むにも心許ない。かといって缶詰…

子宝日記(14) 魔の夜 Ⅲ

てっきり自分もまた中に入れるものだと思っていた。ところがどっこい、夜間入り口でスリッパを履きかけた私はまさかのゴー・ホームを宣告されて、二月の夜に立ち尽くす。 送ってきてもらった父は、ぶつけたワゴン車で去ったばかりであるし、最寄りのスターバ…

子宝日記(13) 魔の夜 Ⅱ

自分の父と母に、妻が破水した旨を伝えるや、やにわに事が大きくなった。 破水した妻を私の軽トラックで病院に連れて行くというのは、いくら何でも乱暴すぎるというので、父がワゴン車を出すことになる。腰に巻いていくためのバスタオルを母が用意して、私は…

子宝日記(9) 我が子のかかと

「日に日に妻の腹は膨れてくる。」 いかにも近代文学が好きそうな一節であるが、オートマチックに膨れ上がってくる妻の腹を見つめる夫という存在は、だいたい戦々恐々としているものではあるまいか。 ちょっと前まで、何ほどの変化もなかった腹が「産休」で…

子宝日記(6) 産婦人科の駐車場

ここで本を読んだり、文章をものしたりすることが多くなった。 産婦人科の駐車場。ここには駐まっている車の数だけ物語がある。新しい我が子を迎えに来た父親のワゴンには、真新しいチャイルドシートが据えられ、今し方車から出てきた初老の女性は、ランドリ…

子宝日記(5) 文士、服を買う。

ボタンダウンのワイシャツ数枚と、スラックス二本とチョッキとカーディガンが一枚ずつあれば事足りるのが、私の普段の格好である。 何度も洗っているうちにワイシャツの襟や袖口がすり切れたり、スラックスの膝が白くなってくると、妻に「そろそろ捨てるべし…

子宝日記(3) カラー写真

出てきてからのお楽しみ、というのは最早古い常識なのかも知れない。 それが息子なのか、娘なのか。はたまたどんな顔をしているのか、期待と不安を二つながらに抱えて分娩を待つものなのだろう、なんて思っていたら検診から戻った妻が「カラー写真」を持って…

子宝日記(2) つわりの話

男になむ生まれついた私は、女性が毎月のように苦しむ「生理」が如何に痛くてツラいものか、「つわり」が如何に苦しいものか、頭では理解しているつもりであるけれど、やはり正直なところよく分からない。いや、分かれないのである。 だったら無関心でいれば…

子宝日記(1) 序

もう少し早く書き出す予定が、六ヶ月も経過した今になってようやく出発する体たらくである。 暗い池に浮かんだ泡のような写真を見せられて、これがお前さんの子だ、なんて言われても実感が湧かない。抽象的で、あまりに抽象的で、私はその写真をぐるぐる回し…