かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(8) 沐浴エレジー Ⅰ


 初めて教壇に立った時がそうであった。

 大学を出て四月が来て「ハイ、じゃあ先生お願いします。」と言われてチャイムがなる。指導案なんてものはいくら書いても所詮は抽象的な産物であり、机上の空論に過ぎない。ナマの生徒を相手に狼狽しているヒマもなく、仕方が無いので自分が今までされてきた「授業っぽいこと」をやってみる。初任の教員がもっとも「教員らしい」のはその所為であろうか、見よう見真似でなかなか様にはなっているけれど、生徒との距離感も画一的で柔軟性に欠けるし、喋る文言もなんだかひたすらに書き言葉を連ねているような具合であるから無味乾燥の気が甚だしい。

 そんな自分の経験が、まさかこんな自宅の風呂場でフラッシュバックするとは思ってもみなかった。不自然に折り曲げた身体、あきらかに無理な体勢が仕事終わりの腰に容赦ない追加ダメージを与えている。暖房の所為で額には汗が滲み、万全と踏んだ用意にはボロボロと手抜かりが見つかる。

 およそ全てがままならない。それが私の経験した初めて我が子を風呂に入れた実感であった。

 もちろん事前に研究はしたつもりである。さはれ今日のきょうに我が子を家居に連れてきたとあって、少なからず浮き足立っていたのも事実である。妻は産院で一度だけ沐浴の指導を受けたそうであるが、とてもじゃないが知り合いに頂戴したベビーバスを前に蹲踞しうる状態ではない。聞けば産院の沐浴は流し台のタイプであったらしく、こうなると全く勝手が違う。

 つまるところ私が彼を風呂に入れねばならないことになったというワケである。