かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

盆栽百計「レスキュー赤松の改作」③

 いい加減蒸してきた七月の軒下で、なんとか予定通り(?)にはまとまったような気がする。

 奥まったところに蟠っていた旧樹冠部を切り落とし、以前はそれほどでもないチョイ役を担っていた枝が、まさかの大出世というか、どうしようもない窮地をよくぞ救ってくれたというものである。組織には必ず普段あんまり働かないのが一定数あるというが、この生き残った枝達はまさにそんな言い伝えを立派に体現してくれた。



 もともと正面に対して右流れの樹であったけれど、如何せん頭が右へ右へとどんどん重たくなるきらいのあった樹である。身を捨ててこそ何とやらという言葉もあるように、運命のいたずらによって旧樹冠を欠いたことによって、流れは元のままの右であっても、よりコンパクトに「流れすぎ」を抑制することが出来たわけである。

 さはありながら裏枝に配した二枝であるが、これは思いの外長すぎたため、どうにも収まりが付かない。正面から見たときに、裏枝がチラ見えで覗くベストポジションを占めるためには、後数年の養生が必要であろう。向かって左に配したやや太めの枝については畳んでいたら「前ならえ」の先頭の人みたようになってしまった。

 とはいえこれ以上右に左に枝を折り曲げて、折角生きている枝を損なっては元も子もない。とりあえず今回はこんな感じで無難にまとめたが、幹のくねりとこの「前ならえ」がちょっとした呼応関係にあるようで、われながら「まぁ面白いんじゃないかしらん」とジコマンしているところもあったりなかったり・・・。

 新しく迎えた樹は自分なりに作り直してこそ、はじめて「迎えた」ことになるのやも知れない。樹が辿ってきた歴史をその枝と旧蔵者の「作り」に感じながら、そこに新たな対話を加えていくこともまた、盆栽を継承しクリエイトしていくことの愉しみなのである。