かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(14) 授乳夜話 Ⅲ


 まずはオムツを替える。しかるのちにミルクを作って冷まし、泣きしきる我が子を抱き上げる。彼は「赤べこ」みたいに据わらぬ首を闇雲に上下左右に振り回しつつ、真っ赤な顔してこの世の終わりみたいな風情で暴れている。

 どうどう、どうどうと宥めすかすより寧ろ、大事なのはいかに早くブツを彼の口に滑り込ませるかであって、ベットサイドの弱い照明をたよりに私は目を凝らしてタイミングを窺っている。泣きに呼応して激しく空転している両の手が、幾度となく顔のあたりを往復するものであるから、油断をしていると哺乳瓶をかなぐり落としかねない勢いである。

 見通しが悪いうえに車通りの多い十字路で右折を待つような心持ちである。絞り出すような「ギャー」と連動して頑なに口元を覆っていた手が離れる。今だとばかりに乳首を赫赫たる口中に滑り込ませるや、騒擾に満ち満ちていた世界が冷や水を浴びたように静まりかえる。

 聞こえているのは美味しそうにリズムを刻みつづける喉の音だけである。「うっく、うっく」と何をそんなに急ぐものかしらん、もう少しゆっくり飲めばよいものを。しっかり瞼は閉じているものの、虚空に振り上げられたグーには確たる意志が感ぜられる。

 やおら、ゲフリと噎せるから周章てて口元から外したけれど「ふごふご」申しているところからも、どうやらたいへん不本意であったらしい。ぱっと開かれた両の手が泳ぎだして、居なくなった乳首を捜している。噎せたといえどもまだまだ空きっ腹である。

 このまま彼の腹が満ちたら、すんなりと眠ってくれるだろうか。また昨晩のようになりはしないだろうか・・・一抹の不安が接触の悪いライトの灯りと揺曳していた。
katatumurinoblog.hatenablog.com