育児漫遊録(16) 授乳夜話 Ⅴ
まずミルクをつくり、水を張った容器にドブ漬けする。しかるのちにゆっくりオムツを替え、低い音でジャズなどをかける。そんなことをしているうちにドブ漬けしたミルクがいい塩梅に冷めている。
わざと壁に向けたベッドサイドの灯りが間接照明になり、彼が好き(と思われる)マイルスのトランペットを聴きながら、ちょっとしたBARの気分を味わう。こんな「遊び」をする余裕が出てきたのは、ようやく生後一ヶ月の声を聞く頃からであるが、それまでは手前の趣味はおろか寝食を二の次にせねばならぬ状態であったのは確かである。
泣き声に起こされてすぐにオムツを替え、急ぎミルクをつくっていた生後間もなく。眠気と焦りから、匙で入れるミルクが何杯目であったか失念することもしばしば。後から考えれば非常に効率の悪い仕事をしていたことに恥じ入る次第であるが、少しずつの工夫と修正を重ねて親がラク出来るルーティーンを開発してきたわけである。
親がラクであることは、回り回って子供のラクになるのではなかろうか。泣きの二時間コース、三時間コースの地獄のループに嵌まり込んだ時には、自然とこちらも鬼や般若の形相になるし、ボディーブローのような疲労が蓄積していては、彼が笑っている時に笑いのレスポンスを返してやることが出来ない。
日中は君の童謡に付き合っているのだから、夜くらいは私のバッハなりジャズなりに付き合っておくれかし、とばかりに私は「親のラク」を実践しはじめたのであるが、このムードもどうやら満更ではないらしい。
まずはオトナが愉快がらねば、「マネぶことから学ぶ」立ち位置にある子供が愉快がるはずがない。さても「漫遊」の境地にはいまだ遠くあるけれど、父と子の二人っきりの時間はそれなりに充実をみてきたようである。