自分の父と母に、妻が破水した旨を伝えるや、やにわに事が大きくなった。
破水した妻を私の軽トラックで病院に連れて行くというのは、いくら何でも乱暴すぎるというので、父がワゴン車を出すことになる。腰に巻いていくためのバスタオルを母が用意して、私は入院の荷物をせっせと運び出す。
すると向こうで父のワゴン車が、うんうんと何やら難渋している。なぜすんなりバックしてこないのか心配になって見に行くと、先日来客の関係でいつもと違う位置に詰めて停車せざるをえなかった私の軽トラの一部が、ちょうどワゴン車の左後部に少しかかっていたのであった。
さはれ「おれはバックが得意だ」といつも豪語している父ならば、このくらいは難なく避けるだろうとふんでいたにも拘わらず、当の父は自動車学校を出てきたばかりの高三生みたいに、ぎっこんばったんと細かすぎる切り返しを繰り返しているではないか。前輪が右に左に踊るばかりで、車はいくばくも障害物を避けられていない。
これはイケナイ。私がキーを片手に軽トラのところへ走り寄った刹那、父のワゴン車が小さな弧を描いて勢いよくバックしてきて、わが愛車のフロント部分に衝突。なおも動こうとするワゴン車の車体を私が必死で叩いて異変を報せ、それで漸く父は自分が車をぶつけていたことを知った次第である。
自分の信じられない運転に呆然とする父、愛息に逢う前に愛車を痛めつけられて悄然とする息子、息子が轢かれたと思って絶句する母、心神喪失の体で夜の中に突っ立つ破水中の妻。人生とは、かくも喜劇なりや。
ともかくも車は高い代償を払いつつ駐車スペースを出た。いつまでもショックを噛みしめていては、取り返しのつかないショックに遭うことは目に見えている。一刻も早く妻をワゴン車に乗せて、かかりつけの産婦人科へ急ぐ。
風は空の高いところで、うんうん唸りはじめていた。(続く)