かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

子宝日記(22) 軟禁パパと難産ママ Ⅷ

 元来私はスマートフォンを用いてテレビ電話なんてハイカラなことをしたことのない人間である。「LINE」のことは「メール」と言うし、「スマホ」もとい「携帯」で撮る写真のことは「写メ」などと呼称する部類の人間である。

 事実、LINEでテレビ電話が可能であることなぞ今し方話の流れで知ったくらいにして、分娩台に電話をかけること以前に、どうやってテレビ電話をかけるのかという技術的な心配に苛まれた次第である。

 さはれ妻のスマートフォンが持って行かれた今、何かしら形だけでも電話をかけてみる必要が出来してしまったわけである。どうせあの婦長とおぼしきおばさんは帰るのだから、そのままうやむやにしてしまえば済む話ではありそうだが、あの仕事きっちりな感じだとおそらく「パパが電話をかけてきますからね。かけてこなかったらちゃんと催促して頂戴。」なんて引き継ぎだって抜かりなさそうである。

 そうなると一向に電話がかかってこないのを詰問するために、再び別の人間が派遣されないとも限らない。だけれど私は「パパもここにいるから、ママも頑張ってね」なんて歯の浮くような台詞を口が裂けても吐きたくはないし、今電話をかけたところで、それが妻にとって煩しいものにしかならないだろうことは目に見えている。

 散々うだうだと煩悶した挙げ句、ようやくスマートフォンを手に取って、LINEの通話画面を開く。半信半疑でいつもスルーする画面を吟味していると、そこに「テレビ電話」というアイコンを発見し、不覚にも「おっ」と感動の声が漏れてしまった。誰に聞かれるでもないが、それはそれで恥ずかしく、こうなったら恥ずかしいついでに「テレビ電話」をかけてみる。

 三回ほどコールしたところで、ブツリと切られた。ホラ見ろ、言わんこっちゃない。とてもじゃないが、そんな電話に出られる状況ではないのだ。とは言え、これで形だけでも電話をしたことにはなったし、これで一応婦長との間に半ば強制的に締結された条約は果たしたことになる。

 だが、ちょっと待て。と私は閉じかけた通話画面を今一度見やる。