弟子達に与うる記(23) 私の師匠Ⅰ
○ようこそ、魔窟へ
私の師匠のモットーは来る者を拒まず。
学部の一年生。サークルにも属さず、同期とも連まず栄光ある孤立を保っていた私は、学内に居場所を持たない流浪の民でありました。キャンパス内の何かしらの団体に席を置く人々ならば、授業が入っていない空きコマには、部室なりゼミの研究室なりに居場所を求めてゆくわけですが、流浪の民にはそれがない・・・。
仕方がないから、いずこへ流れ行くかといえば図書館であったり、空き教室であったり、キャンパス内のベンチであったり、そこで持参した食パンにジャムを塗って食し、硬い椅子にねばってがむしゃらに読書してもやがて尻が悲鳴を上げる。安住の地だと思って居着いた教室は、寝て起きると他学科の連中に四方を囲まれていて、倉皇としてその場を退出するなんてことは茶飯事でありました。
そんな不器用なキャンパスライフも一年を過ぎようとした頃、私はとある男のちょっとした策謀によって、思いがけず「研究室」というところにご厄介になる運びとなったのです。
まぁまぁ親しい友人が、ヘンにしつこく誘うので訪れたのが、わが師匠となるイチロー先生の「昭和文学ゼミ」でありました。その日は丁度後期最後のゼミ日で、そこで行われていたのが来期に取りあげる作家と発表者を決める会合でした。上級生に「君の好きな作家は?」なんて尋ねられて「谷崎です。」なんて言ってる間に、気がついたら来期の発表者リストに私の名前が入っている・・・。ハメられた! と気づくも時既に遅し。
「センセー、来期の発表者決めおわりましたー。」と研究室に引き上げてくる人々に混じって、私が生まれてはじめて大学の研究室というところに足を踏み入れると、そこに不敵な笑みを湛えたおじさんがニヤリと笑ってひと言。
「おお、いいカモを連れて来たナ。」
これが私の大学生活のターニングポイントでありました。それから足かけ六年、何だかんだで私はイチロー先生の研究室に通う、と言うより寧ろ居着いてしまったわけで、自分でも驚くほどの早さでその魔窟の住人となってしまったのでした。
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