かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

蝸牛随筆(33) でんしすと Ⅷ


 「歯茎の後退が少し見うけられますね。」と言われてショックを受けない人間があろうか、いや、あるはずがない。

 十年来私が実践してきたナントカ法は、ちゃんとブラシが届いている部分にはめざましい効果をもたらしていたようであるが、そうでない部分については毛ほどの成果ももたらさなかったようである。

 確かにこのブラッシング法は、歯と歯茎のあいだの所謂「歯周ポケット」を狙うことを主眼としたもので決して過った方法ではないようだ。しかしながら私の場合、ブラシの一本一本をして件のポケットにねじ込ましめようと躍起になったのがイケなかったらしい。力の掛けすぎもよくないと聞いていたので、ちゃんと三本の指で力が入りすぎぬよう慮っていたつもりが、幼少の砌よりピアノで鍛えた指の力がモノを言って毎日ゴシゴシと歯茎の前線を圧し下げる猛攻を繰り返していたのだろう。

 「宮川さん、それ、強すぎます。もっとやさしくでイイです。そしてブラシも垂直にあててもらって構いませんよ。」とお姉さんに諭されながら、ピアニッシモくらいの強さでブラシをあてがってみる。こんな強さで歯垢が落ちるのだろうかと半信半疑であったけれど、お姉さんがつかまり立ちをはじめた赤子を褒めちぎるみたいに「いいですよ、いいです、いいです。」と言ってくれるものだから、ちょっと得意になっている自分を発見して、ちょっと愕然とする診察台のうえ。

 それでも渡された手鏡を片手に、シャカシャカ磨いてみると案外に刺激が心地よい。こんなんでイイのだそうである。下手をするとこのまま私が磨き続けるやも知れないことを察知したのだろうか、お姉さんが私からやんわりとブラシを取りあげて「じゃあ、機械使ってクリーニングしていきますね」と言う。

 私はここにおいてようやっと、自分の歯にまつわる懸案事項を思い出したのであった。 
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