かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

盆人漫録(38) 赤松レスキュー Ⅲ

 「なにやら見覚えがある・・・」と、私が矯めつ眇めつその赤松の一鉢を検分せねばならなんだのは、私の記憶の中にあったその往時の姿と今の姿とが、およそかけ離れてしまっていたがためだったのです。

 かつて青々と繁りかえっていた樹冠部の枝は全て枯れ上がっていて、生きているのが確認される太い枝はせいぜい二、三本。死んでしまった枝の失われた輪郭をイメージすることで、ようやく「やっぱりあの樹だ!」と特定することが出来ました。

 この状態でよくぞ生き残っていた・・・。そう思うにつけても、やはり募ってくるのは「何とかせねばならない」という不思議な使命感でありました。あれは八年も前、同好会に入会したての私が展示会で「すげぇ!」と感動した姿からほど遠いとは言え、もう一度この一鉢で静かな感動を味わいたい。そんな思いに駆られるまま、半分枯れ上がった赤松を引き取らせてもらった次第でした。



 ピンチはチャンス。なんて言葉があるように、原型を止めないくらいに崩れてしまった樹は、それこそ大胆すぎる改作ができる、というかせざるを得ません。かつて観たあの姿は最早再現不可能であっても、このしぶとく生き残った枝で『もう一度観れる樹』に仕立てることが出来れば、持ち主もきっと一安心してくれるはず。

 二時間に及んだ作業も一段落し、お宅でコーヒーをご馳走になって、さて各自鉢を車に積み込んで帰ろうかという段になり、表へ出てみると何か地面が動いているように見えるではありませんか。黒い流れが幾筋にも枝分かれしながら、あっちへこっちへと続いている。これもまたどこかで見覚えのある光景。

 「アリだ!」誰ともなく、そんな小さな叫びを漏らしつつ、運び出された鉢から陸続と延びつづける行列をしばし呆然と眺めていました。重ねられた鉢をそのまま巣穴として利用していたのが、思ってもみない天地返しを食らって一斉に所換えをはじめたのでしょう。

 さて、お宅はこれから更地になって、そこへ賃貸の立派な物件を建てるのだとか。人も樹もアリも、新天地を求めての再出発であります。