かたつむり学舎のぶろぐ

本業か趣味か、いづれもござれ。教育、盆栽、文学、時々「私塾かたつむり学舎」のご紹介。

育児漫遊録(30) 注射の心得 Ⅳ


 「おっ、一気呑みかな?」

 お医者さん監修のもとで、我が子は『ビフ』の経口投与ワクチンを脇目も振らずに一気呑みしている。珍しい味なのだろう。生まれてこの方二月あまり、乳より他のものを味わったことがないのだから無理もなかろう。

 まぁ、経口ワクチンの呑みが良いと言っても、そんなのはあまり人口に膾炙されていないだけ自慢にもならないが、その堂々たる姿にはちょっと期待のようなものが持てる。もしかすると我が子はこの後に控える四発の注射にもまた動じることがないのではあるまいか・・・と。

 呑み終わったら今度は横抱きにして、いよいよ注射のターンに入る。大きな頭を抱えるように持ったら、すかさず一本目が来る。ぷくぷくの腕に細くて鋭い切っ先が潜り込んで行く。

 一瞬ひそめた眉根が、いかにも当惑しているとでも言いたげに緊張と弛緩とを二度三度と繰り返すうちに、早くも針は彼の腕を離れた。不快そうではあるけれど、どうして泣かない。これは素晴らしい兆候ではないか。

 看護師さんが手早く向きを換えて、今度は片方の腕に二本目。泣かない。泣かないけれど、さっきより幾分か顔をしかめている時間が長い。「痛いことをされている」ということが分かってきたのだろうか、お不動さんみたいな顔をしている。

 三本目は大腿部へ。流石にガマンの関が切れて、ひっくひっくと泣くのを堪えているうちに、いよいよ目が細くなる。私だったら既にして泣いたり「もう沢山だから、今度に回してくれないか」と交渉をはじめるところだろうが、我が子はそんな堪え性のないオトナよりずっと偉い。

 もう片方の足へ最後の針が刺さって、彼一流のデカい声が医院中に炸裂。火が付いたように泣き出す我が子を妻が抱きかかえ、そのまま退場したが待合室まで来るともうケロッとしている。ホホ、「注射の心得」が効いたのかしらん、とほくそ笑む父親は少々得意げな顔をマスクの下に隠していたのだった。
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