われらが顧問、平先生には足かけ十年わざわざ隣町からお越しいただいている。
サツキ展後の教室は、毎年恒例の大剪定大会となるわけで、咲き終わった花を全て摘み取って、今年の春からぐんぐん伸びた芽をだいたい元の位置まで切り詰める作業に追われます。
すっかり舞台用の化粧を落としたかのようなサツキの鉢がテーブルの上にずらりと並ぶ中、やってきた先生、さっそく鋏を振るうかと思いきや、おもむろにホワイトボードに向かって何か書いている。
おやっ? と一同が注目するマジックの先、なにやらそこには見慣れぬワードがぽつんと転がっているではありませんか。
「ベニモンアオリンガ」
しらずしらずのうちに、一文字ずつ読み上げていた人々も、いよいよ首を傾げる次第で、果たして「ベニモンアオリンガ」が何なのか、新しい農薬の名称なのか、どこに文節があるのやら分からないというのは、ちょっとした呪文であります。
すると先生、その「ベニモンアオリンガ」の横に「(シンクイムシ)」と書き添える。ここで一同ようやく「ああ、なんだ。」「あいつか。」「シンクイムシ、あの野郎。」なんて、急に知り合いにでもあったような反応を見せたのは言うまでもありません。
「シンクイムシ」とは盆栽、殊にサツキ愛好家にとって長年の宿敵であり、この虫がサツキの花芽を食い散らすことで、私が翌年の楽しみをお預けにされた経験は数知れず・・・(まぁ、消毒をサボるのがいけないのですが)。
「ベニモンアオリンガ」とは「シンクイムシ」の成虫である「蛾」のことで、先生の話によるとその名前の通り、紅色の紋もあり青色のすじも入ってずいぶんきれいな色をしているらしい。さはれこいつが庭の棚場を飛んでいたら、先生曰く棚場のどこかにシンクイムシが「絶対にいる」と思って消毒にかかるべし、とのこと。
心なしか「ベニモンアオリンガ」について語る先生はずいぶん熱が入っているというか、いつもより活き活きしているというか・・・。間もなくわれら同好会の一同は、そんな先生のベニモンアオリンガにかける熱量の大きさを垣間見ることになるとは、知るよしもなかったのでした。